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長寿しなの 彩食記

<第3部 そばの源流> (1)伊那の復活プロジェクト

「信濃一号」(上)に比べ小粒な在来種(当初の仮名「高遠在来種」が記してある)=伊那市で

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◆在来種発見 地域に光

 「『入野谷(いりのや)在来種復活夢プロジェクト』の名称で取り組みます」。二月下旬に伊那市役所であった、市内のそば店や愛好団体、生産者らでつくる「信州そば発祥の地 伊那そば振興会」定期総会。会長の飯島進さん(63)の声が高く響いた。

 伊那市は二〇一二年に「発祥の地」を宣言。奈良時代に役行者(えんのぎょうじゃ)が現伊那市にソバを伝えた伝説があり、江戸時代の高遠藩(現伊那市高遠町に居城)の藩主保科正之が高遠や江戸、転封先でそば文化を広めたのが根拠だ。

 一五年、振興会が発足。活動の柱の一つにソバの在来種復活を置いた。対象は同市長谷から高遠町にかかる入野谷地区。かつてソバがよく採れ、実は小粒で味が濃いとされる。

 県内ではいま、改良品種「信濃一号」が主流だ。そうした中、「地域活性化に」と在来種を探していた高遠町の有志が一四年、塩尻市の県野菜花き試験場で「高遠在来(浦)」の記載がある種を発見した。試験場に増殖してもらい、振興会が、長谷の浦地区での栽培や試食会に取り組む。二月の総会で未定だった名称が決まり、活動の土台が一層固まった感がある。

 在来種発見に関わった、高遠町のそば店「壱刻」店主の山根健司さん(51)は「粉に水を掛けて指を入れると、フワーッと濃いソバの香りが漂う」と興奮気味に話す。ただ、通常通りのそば切りにすると香りは減るのが分かった。山根さんは「封じ込める方法があるはず。考えます」と表情を引き締めた。

在来種復活などについて話し合った「信州そば発祥の地伊那そば振興会」の総会=伊那市で

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 振興会は一七年度、栽培地を増やす計画だ。

  ◇   ◇

 復活といえば、焼きみそ、大根おろしなどを交ぜた辛つゆが特徴の同市高遠町の「高遠そば」も、地元の熱意が復活させた名物だ。

 かつて、山間地の家庭では食べられていたが、今のように「高遠そば」と銘打った店が並ぶ風景はなかった。

 飯島さんを含め、特産化を狙った旧町商工会観光部員や町職員が一九九七年、「高遠そば」の名が残る保科正之の転封先、福島県会津若松市を視察。本家復活の気概を固め、組織づくり、そば打ち人材養成、加工施設整備などに取り組んだ。

 当初は町内に一軒だったそば店は徐々に増加した。活動開始から二十年。旅館も含めた高遠そば提供店は十五軒ほどになった。

 「もっと裾野を広げたい。各家庭でそばを打ち、食べ、客人が来たらそばを振る舞う。そんな地域の姿を見たい」。目標を思い描く飯島さんの口調は弾んでいた。(近藤隆尚)

    ◇

 全国に名をはせる信州のそば。古くからの産地では、それぞれの由来や物語が紡がれてきた。第三部「そばの源流」は、そばの歴史を振り返りながら、それに関わる地域や人々の営みを紹介する。

 <そば食と信州> ソバ粉はかつて、こねて餅や団子状にして食べられており、麺状の「そば切り」は江戸時代以降に広まったとされる。いずれも江戸時代に刊行された食物書「本朝食鑑」、百科書「和漢三才図会」の「蕎麦(そば)」の項には、信州産のソバが上質であるとの内容が記されている。

 

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