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論壇時評

寛容さ失い 変質する保守 安田さん解放と自己責任論 中島岳志

 シリアで武装勢力に拘束されていたフリージャーナリスト・安田純平が解放されると、インターネット上で「自己責任論」が拡大した。政府の退避勧告が出された地域に立ち入ったことで、「政府や国民に迷惑をかけた」とバッシングされた。

 三島憲一「安田純平さんをめぐる義務と権利と自己責任」(WEB RONZA、11月13日)は、騒動の中で語られた「迷惑」という言葉に注目する。

 「迷惑」という言葉は、いつも弱い立場に置かれた人間に向けられる。何が迷惑なのか、誰に対して迷惑なのか。その定義ができるのは、常に「強い方」だ。「『迷惑』は力の強い方の不快感に使われる」。結果、「迷惑」という観念の乱用は、弱い方が自己規制するように仕向けられる。政府に従わない人間は、「迷惑」という言葉で保護の対象外とされ、批判の対象とされる。

 自己責任論は常に権力の意にそぐわない主体に適用され、従順な者には適用されない。要するに自己責任論は<権力に従わない人間は、助けない><だから権力の言うとおりに行動せよ>という統治の規範にほかならないのだ。

 江川紹子「『自己責任』論をめぐる不毛なバトルだけで終わらせないために」(Business Journal、11月6日)は、自己責任論を展開する者が、現政権の支持者と重なる点を問題視する。彼らは「政府あるいは国に従順でなさそうな者は、とりあえず叩(たた)いておく」。「本人の言動を確かめることなく、事実を確認することもなく、バッシングに利用できる情報はなんでも使う」。一方、政権批判の側は「彼(安田純平−引用者)を『英雄』視したり、政府が本件で何もしていなかったように非難したりする」。結果、巻き起こったのは「安田さんの解放を題材に、親安倍vs・反安倍という、政治的スタンスの違う両陣営のバトル」にすぎない。

 このような構図に疑問を呈しているのが、原田浩司・綿井健陽・安田菜津紀による座談会「安田純平さん『解放』と戦場取材の意義」(『創』12月号)である。この中で原田は、保守派の変質に疑問を呈する。原田が取り上げるのは、一九八五年にフリーカメラマンの石川重弘がフィリピンでゲリラに拘束された事件である。ゲリラ側は日本政府に身代金とマシンガンを要求したものの、当時の政府は「ほとんど見捨てて」おり、救出の目途が立たなかった。そこで立ち上がったのが、民族派右翼の野村秋介だった。彼は激しい政府批判を繰り返しながら現地に渡航し、救出に成功した。原田曰(いわ)く「昔は、右翼や保守は同胞が危険にさらされたら守るものだった」。「しかし、今は保守を自称する人たちが政府と一体となって攻撃するという不可思議な状況となってい」る。

 何故に保守派を中心に、自己責任論が蔓延(まんえん)するのか。その背景には何があるのか。

 雨宮処凛(あまみやかりん)「貧すれば、ゼロトレランス〜14年前の『自己責任』論から振り返る〜の巻」(マガジン9、11月7日)は、近年の新自由主義の蔓延の中に、その契機を見いだす。雨宮はこの九〇年代末から現在までを「金に余裕がなくなると心にも余裕がなくなるという身も蓋(ふた)もない事実をみんなで証明し続けた20年」だという。結果、「社会から寛容さは消え、ゼロトレランス(非寛容)が幅をきかせる中で『自己責任』という言葉はもはやこの国の国是のようになっている」。

 私たちは過度の競争社会の中、他者を助けることの「余裕」を失い、「寛容」を喪失してきた。その結果、「迷惑」に過敏になり、「自己責任」というバッシングが横行するようになった。これは障害者施設に莫大(ばくだい)な費用がかかっていることを問題視し、連続殺傷に及んだ相模原事件にも通ずる。

 雨宮は、今年夏に起きたタイの洞窟での少年ら十三人の救出劇を喚起する。これは二十五歳のコーチが、誕生日のメンバーを祝うために少年らを連れて洞窟に入り、豪雨で出られなくなったアクシデントである。

 雨宮が注目するのは、「現地のタイでは、コーチを『責める』世論がほとんどないということ」である。近隣の農家は、洞窟から排出される大量の水のため、田植えしたばかりの田んぼが浸水するなど大きな被害に遭っていた。しかし、コーチに対して「救出にいくらかかると思ってるんだ」「全額負担しろ」などという声は、あがらない。

 理性の過信を諫(いさ)め、人間の不完全性を静かに受け止める保守派は、本来、過ちや失敗に「寛容」な態度をとる。人間は普遍的に愚かで、過失を犯し続ける。困難に陥っている同胞がいれば手を差しのべ、共にリスクを分かち合おうとする。そんな保守の美風が失われ、不寛容な自己責任論が席巻する。

 現在進行しているのは、保守の拡大ではなく、保守の空洞化である。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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