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論壇時評

積極的棄権論 選挙ルールのゆがみ指摘 中島岳志

 今回の衆院選で、最も重要な問題提起だったのは、東浩紀(あずまひろき)の「積極的棄権」論だと思う。東はインターネット上で「2017年秋の総選挙は民主主義を破壊している。『積極的棄権』の声を集め、民主主義を問い直したい。」と題した署名集めを行い、話題となった。

 東は「大義」のない選挙を仕掛けた安倍晋三首相を「解散権の乱用」として批判するとともに、「政策論争を無視した数あわせの新党形成に邁進(まいしん)」する野党(特に希望の党)に対しても厳しい目を向ける。与野党の「茶番」の結果、選挙には六百億円を超える税金が投入され、一定数の国民は「無理して、好きでもない候補者や党に貴重な一票を投じる」ことを強いられる。「こんな選挙などくだらない」。根本的に間違っているという意思を示す権利が国民にはあるというのが、署名運動の趣旨だ。

 当然、東に対しては批判が集中した。安倍政権は、低投票率を視野に入れ、旧来の固定票を重視する戦略で選挙に勝ってきた。棄権による投票率の低下は、相対的に固定票を多く持つ自公政権を利することになる。まさに安倍政権の思うつぼだ。安倍政権を批判しているのに、安倍政権の継続を後押しするような言論を展開してどうするのか−。この批判は、もっともである。その通りだとしか言いようがない。しかし、それでもなお、東の提起には重要な問いが含まれていると思う。選挙という「祭り」が終わった今、じっくりと吟味をしてみる必要があるのではないだろうか。

 東は「今回の選挙でぼくが『積極的棄権』を提唱した理由」(「AERAdot.」10月30日号)の中で、日本の選挙のルール自体が、大きなゆがみを抱えていると指摘する。「解散権の総理の占有、小選挙区制、ワイドショーに支配されたマスコミとネット、それらが組み合わさり生み出された現在の日本政治の『ルール』は、中道の立場にきわめて厳しいものになっている」。賛成か反対かという極端な二者択一ばかりが語られる結果、議論の積み重ねによる妥当な合意形成を目指す立場が退けられる。単純化されたネット上の言論やポピュリズムの蔓延(まんえん)によって、極端な主張が勝利をおさめ、中道が消えていく。民主主義が中道を排除し、「お祭り」化するのは、日本だけではなく世界的な傾向である。「この不毛な劇場=お祭りの反復」へのボイコットが、「積極的棄権」論だというのだ。

 この指摘には説得力がある。実際、選挙中にまともな政策論争はほとんど起こらず、これまでの自公政権の検証も不十分だった。立憲民主党の誕生によって中道リベラルの受け皿ができたものの、結果は自民党の圧勝。安倍政権の不支持率が支持率を上回っていたにもかかわらず、政権与党の方針が追認された形となった。

 これが健全な民主主義なのだろうか。やはり日本政治の「ルール」がおかしいと声を上げる必要があるのではないだろうか。東が指摘するように、「解散権の首相の専有」や「小選挙区制」には問題が多すぎる。ワイドショー化したメディアも、根本的に考え直す必要がある。そうしなければポピュリズムとシニシズム(冷笑主義)ばかりが蔓延する。政治は極端化し、健全な議論が消滅していく。

 東のボイコット論は、極めて逆説的だが、政治に対する積極的なコミットメント(関わり合い)を促している。「この選挙はおかしい」と発言し、投票を拒絶することは、選挙に対する有力な参加の方法である。現状のルールのおかしさを訴え、それを一種のストライキによって表現することは、政治的抵抗の手段として意味がある。

 東は「ハフポスト」10月10日号のインタビュー「『今回の選挙、くだらなすぎる』 投票棄権の賛同署名を集める東浩紀さんの真意とは?」の中で、民進党の崩壊を問題視する。民進党は長い時間をかけて党組織を整備し、地方組織を構成してきた。党のサポーターも約二十万人いる。分裂するにしても時間をかけて漸進的に行わなければならない。全部壊してしまうと、また全部ゼロから始めなければならない。にもかかわらず、解散の熱狂の中、組織は一気に崩壊し、極度の混乱が生じた。

 立憲民主党、希望の党、民進党、無所属の会に分裂した結果、地方組織は迷走を続けている。民進党が各選挙区にある党総支部を当面維持することを決定したが、民進党の支持率はもはや1%程度。存続自体が危ぶまれる状況だ。

 組織は時間をかけた経験知によって構成されている。暗黙知の蓄積こそが、組織を支えている。一朝一夕には成就せず、機能もしない。

 希望の党をめぐる騒動で、野党側が失ったものは、かなり大きい。そのことを早い段階で指摘した東の議論は、慧眼(けいがん)であったというべきだろう。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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