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論壇時評

相模原事件 尊厳砕く思想への怒り 中島岳志

 相模原市の津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件から一年あまりがたった。既に事件の風化が始まっているが、問題は何も解決していない。植松聖(さとし)被告の犯行動機についても、十分な解明がなされているとは言えない。

 植松被告は犯行直後、ツイッターに「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」と書き残し、警察に出頭した。彼は凶行によって「世界平和」と「美しい日本」がもたらされると考えている。この恐ろしい発想は、どのような思考によって支えられているのか。一年たった今も変わっていないのか。

 「獄中の植松聖被告から届いた手紙」(『創』9月号)には、植松被告が獄中で書いた手紙が全文掲載されている。ここにつづられているのは、障害者に対する根深い差別意識とゆがんだ優生思想である。

 彼の価値観を構成しているのは、美しいものと美しくないものを区別する主観的な二元論である。彼は「美は善行を産みだす」とした上で、なぜか唐突に「初回の整形手術費の一部を国が負担」すべきであると提言する。そして、自分は「せめて少しでも奇麗な絵を描くことで私の考えをお伝えする助力になれば」として、自筆のイラストを添えている。植松被告は事件の約五カ月前に衆議院議長に宛てた手紙を書いているが、ここでも美容整形に言及し、「進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージ」を獲得したいと述べている。

 彼にとって現代世界は醜悪な存在であり、美を獲得することによってこそ本当の世界への「進歩」が成し遂げられる。その第一歩の「革命」が、「不幸の元」と考えた障害者の殺害として捉えられている。この考えは、事件前から今日に至るまで一貫している。

 彼は、障害者に対して「糞尿(ふんにょう)にまみれ屈辱的な生き恥を晒(さ)らし」た存在と、差別的な言葉を投げつける。障害者を美しくないものと見なし、存在をおとしめる。そして、「自己認識ができる」「複合感情が理解できる」「他人と共有することができる」という三点が満たされることが人間の要件であるとし、障害者を尊厳ある存在と見なさない姿勢を表明する。さらに人間の幸福は「お金」と「時間」によって規定されるとした上で、「重度・重複障害者を養うことは、莫大(ばくだい)なお金と時間が奪われ」ると否定的な見解を示している。

 植松被告は別のメディアの取材に対して、殺害を思い立ったきっかけを大統領就任前のトランプ氏の演説にあったとし、「真実を話していると強く思いました」と記したという。香山リカは「一年たっても何の答えも出ていない」(同)の中で、経済至上主義や成果主義の中、社会的弱者・少数者に厳しい視線を送り、自分が所属する集団の利益を優先する「○○ファースト」政策との連動を指摘する。そして、被告が社会の排外的な空気の中で「自分の考えは世間の支持を得られるのではないか、と感じていたとは考えられないでしょうか」と論じる。その通りだろう。

 私たちは、事件後も考えを変えていない植松被告を前に、何を語るべきなのか。どのような思いをぶつけるべきなのか。

 荒井裕樹は「『相模原障害者殺傷事件』への『怒り』は足りていたか」(「情報・知識&オピニオンimidas」http://imidas.jp/opinion/F-40-151-17-07-G688.html)の中で、この事件に対する「怒り」の不足を指摘する。「社会全体に目を向けてみても、事件の規模と残忍さを思えば、もっと『怒り』が共有されてもよいはずなのに、この事件に向き合おうとする熱量は上がっていない」

 荒井は障害者運動家の故横田弘に言及する。「日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会」に属した横田は、障害者差別に対して生涯にわたって激しく怒り続けた。横田の「怒り」には二つの特徴があったという。一つは共生のための怒り。皆の日常から、障害者を排除するなと訴えた。もう一つは「空気を読まなかったこと」。障害者は幼いころから「愛される障害者」であれと教えられ、世間に迷惑をかけないように生きることを強いられる。しかし、どんなに努力をしても、最終的にはつまはじきにされてしまう。横田は、社会に対して根源的に絶望することによって、「闘う障害者」になり、「怒り」をあらわにした。

 「怒り」と「憎悪」は異なる、と荒井は言う。「憎悪」は相手を拒絶する感情だが、「怒り」は相手の存在を認め、つながることを意図している。

 今の日本や世界には「憎悪」が拡大し、「怒り」が脇に追いやられている。私たちは、もっと怒らなければならない。植松被告が障害者に向けた「憎悪」に対して、共生のための「怒り」を示さなければならない。

 人間の尊厳をかけて、私も植松被告に対する強い「怒り」を表明したい。(なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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