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論壇時評

リベラルの価値が危機 ポピュリズムと民主主義 中島岳志

 昨年、アメリカ大統領選挙でトランプが勝利をおさめ、イギリスでは国民投票で欧州連合(EU)離脱が決定した。この時、世界をにぎわしたのが「ポピュリズム」という言葉だ。一体、ポピュリズムとは何なのか? ポピュリズムにはいかなる問題があるのか?

 水島治郎『ポピュリズムとは何か』(中公新書)は、世界各地のポピュリズム現象を取り上げ、その特質を追究する。

 水島はポピュリズムを「民衆の参加を通じて、『よりよき政治』をめざす、『下』からの運動」と定義する。ポピュリズムは「既成の制度やルールに守られたエリート層の支配を打破し、直接民主主義によって人々の意思の実現を志向する」という。

 だから、ポピュリズムは民主主義の敵ではない。むしろ少数派支配を崩す民衆的な解放運動という側面が強く、例えばラテンアメリカでは、政治から疎外された人の声をすくい上げる民主的運動として大きな成果を上げてきた。昨年のアメリカ大統領選やイギリス国民投票であぶりだされたのは「忘れられた人々」「置き去りにされた人々」の悲痛な声だった。このエネルギーとダイナミズムを軽視してはならない。

 ポピュリズムは「敵」を作りやすい。その敵意は、政治を独占するエリートへ向けられることが多いが、現代ではエリートによって保護されている移民や福祉の受給者へも向けられる。ヨーロッパでは、既存の制度によって再分配を受ける層が「特権層」と見なされ、彼らを引きずり下ろすことが正当化される。日本における生活保護バッシングも同様の現象だ。

 ポピュリズムは、反権力という側面が強調されれば「左派」に見えるが、反福祉という側面が強調されれば「右派」に見える。ポピュリズム自体にイデオロギー性は薄い。敵の設定によってさまざまなイデオロギーと結びつくことが特徴だ。

 水島が注目するのは、現代のポピュリストがリベラルな主張を取り入れることで、正当性を訴えようとする側面である。例えば、ヨーロッパのポピュリストは、人権、自由、男女平等というリベラルな価値に依拠することによって、イスラムを批判しようとする。「男女平等を認めないイスラムは問題だ」「民主主義的価値観とあい容(い)れないイスラムは認められない」といったロジックを展開し、移民を排斥しようとする。

 水島は言う。「現代デモクラシーが依拠してきた、『リベラル』かつ『デモクラシー』の論理をもってポピュリズムに対抗することは、実はきわめて困難な作業ではないか」

 水島が強調するのは、ポピュリズムが既成政党に緊張感を与え、改革を促すことで、政治を活性化させる側面をもっていることである。ポピュリズムの負の側面を見据えつつ、その積極的な効果を捉える必要性があるという。

 これに対して、国際政治学者の遠藤乾(けん)はインターネットサイト「ウィズニュース」に掲載されたインタビュー「ポピュリズムって民主主義と何が違う? 知っておくべき『5つの事』」の中で、ポピュリズムに対立する価値観を「リベラリズム」と位置づける。

 遠藤がいうリベラリズムとは「生まれ育ってきた背景や性別、エスニシティや人種などが違っても、平等に扱われるべきであるという考え方」である。ポピュリズムはこの原則に反する。いくら「リベラルな価値を護(まも)る」と言っても、異なる価値観を有する他者を排撃するポピュリストをリベラルという枠組みで捉えることはできない。

 遠藤は出演したラジオ番組(TBSラジオ「荻上チキ・Session−22」1月16日、ポッドキャストはhttp://www.tbsradio.jp/109533)で、ヨーロッパにおけるポピュリズムの席巻によって、リベラルな価値が軽視されている点を強く危惧する。民衆の声を代弁しているからといって、ポピュリスト政治家の排外主義的な差別発言を容認する訳にはいかない。リベラルはあくまでも「反転可能性」を基本として考えなければならない。自分と他者が反転しても受け入れられる価値こそがリベラルに値する。

 遠藤はポピュリズムという概念を多用すること自体にも懸念を示している。なぜならば「民衆の要求」をポピュリズムと位置づけてしまうと、デモクラシーとの境界があいまいになり、民主主義を支持することによって、リベラルな価値を崩壊させてしまうことになりかねないからである。

◆歴史的な叡知

 遠藤の懸念は正当である。エリートの権力占有も危険だが、大衆の暴走も危うい。特定の人間(および人間集団)のエゴイズムを緩和し、社会的調和を実現するための歴史的叡知(えいち)こそがリベラルである。

 ポピュリズムは今年最大の世界的課題だろう。まずは欧米の動向を注視したい。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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