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論壇時評

アベノミクス 議論の限界 成長に頼らぬ価値観を 中島岳志

 経済学者で安倍晋三政権のアドバイザーとして知られる浜田宏一(こういち)に注目が集まっている。きっかけは、日本経済新聞(11月15日)に掲載されたインタビューだ。ここで「学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」と発言し、アベノミクスの理論的支柱の「転向」として話題となった。この浜田が「『アベノミクス』私は考え直した」(「文芸春秋」新年特別号)で、さらに踏み込んで自らの考えを述べている。

 浜田はこれまでデフレを「貨幣的現象」と捉え、金融政策だけで日本経済が立ち直ると述べてきた。とにかく通貨の供給量を増やせば市場にお金が出回り、物価が上昇する。加えてインフレの目標値を設定し、人々の期待をあおることでインフレを起こすことができる。これがリフレ派の中心を担った浜田の論理だった。

 しかし、昨年来、量的・質的金融緩和は頭打ちとなり、効果が表れなくなっている。当初のインフレ目標は、到底達成されそうにない。浜田はこの現象に頭を悩ませることになった。

 そこへ、彼の前に解決策を提示してくれる人物が現れた。ノーベル経済学賞受賞者のクリストファー・シムズである。シムズは、金融政策が効かない理由を「財政」のあり方に求め、たとえ赤字が増えても財政を拡大すべきだと主張する。浜田はこの議論に「ハッとさせられた」という。金融政策が効かないのは、金融政策が間違っているからではない。財政政策と組み合わせなければ、効果は出ないのだ。

 浜田は「考えを変えた」という。デフレは「貨幣的現象」とはいえない。単にマネタリーベースを拡大しても、インフレは起きない。今後は、減税を含む財政の拡大が必要である。これが浜田の「転向」である。

 確かに経済学的には、「考えを変えた」と言えるかもしれない。しかし、これをもってアベノミクスの「転換」と言うことは難しいだろう。アベノミクスは「第一の矢」として「大胆な金融緩和」を進めてきたが、同時に「第二の矢」として「機動的な財政政策」を主張してきた。浜田の「転向」は、確かに消費税増税に対する批判となっているが、アベノミクスに方向転換を促すほどの議論ではない。むしろアベノミクスを補完する議論にすぎず、従来の金融政策の否定とは言えない。

 ここで考えなければならないのは、財政赤字の拡大という問題である。財政支出を拡大した上で、減税などを実施するのでは、国の借金が増えるばかりである。どうすればいいのか。

 浜田は言う。「国全体のバランスシートを見れば、政府の負債である公債と日銀の負債である貨幣は、民間部門にとっての資産となります」

 これは禁断の「財政ファイナンス」論に行きつく。国はどんどん借金をし、日銀が紙幣を刷ることで穴埋めをする。当然、「円」という通貨の価値は下がる。無尽蔵に刷られる紙幣は、どんどん価値を失っていく。最も恐ろしいのがハイパーインフレーションの到来だ。貨幣に対する信用がなくなれば、円は暴落し、経済は破綻する。

 浜田は次のようにも言う。デフレ経済の状況下では、「公債という“ニセ金”で皆を富んでいる気持ちにして消費を刺激した方が経済は活性化するのです」。

 借金は当然、いずれ返さなければならない。公債の拡大は将来の増税につながる。しかし、国民は大量に刷られた紙幣を手にすると、「『私は富んでいる』と錯覚する」。すると、消費は拡大し、経済が活発になる。浜田は、この「錯覚」を利用し、景気を刺激すればよいという。

 朝日新聞編集委員の原真人は、「日本『一発屋』論」(朝日新書)の中で、「前借りの経済」の危険性を指摘する。経済成長を軌道に乗せることによって、借金を一気に返済するというのは「根拠のない楽観論」にすぎず、危険な「賭け」であるという。原は経済成長論者たちを「一発屋体質」と批判し、リフレ政策による国債バブルの崩壊を懸念する。

 原が提示するヴィジョンは、経済成長に依存しない成熟社会の確立である。原いわく「成長教とは一線を画し、新しい目標を、新しい価値観を人々の心に築いていくことがいま政治には求められているのだと思います」。

 浜田の「転向」は、アベノミクスというコップの中の議論にすぎない。問題は、アベノミクスとは別のコップを用意することにある。そのためには、原が強調するように、成長信仰の呪縛から解き放たれる必要があるだろう。アベノミクス批判は、新しい価値観に基づいた別の道の提示によってこそ意味を持つ。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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