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論壇時評

天皇とは 国民的議論を お気持ちをめぐる「ねじれ」 中島岳志

 天皇は八月八日のビデオメッセージの中で、「象徴」としての行為を「国民の安寧と幸せを祈ること」と「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」とした。そして、高齢によって職務を全うすることが困難になることを想定し、生前退位の意向をにじませた。これは公務の縮小や摂政を置くことでは解決にならないという。

 『文芸春秋』10月号の同誌編集部「皇后は退位に反対した」では、二〇一〇年七月の参与会議で、天皇みずから「私は譲位すべきだと思っている」と発言したことが明らかにされている。皇后は退位に反対し、摂政を置く案を支持したものの、天皇が強い口調で「摂政では駄目なんだ」と退けたという。

 天皇の「お気持ち」の表明をめぐっては、左派/右派の論客の受け取り方に、奇妙な「ねじれ」がみられる。従来、天皇制に対して批判的な傾向にあった左派論壇が天皇の意向を支持し、天皇への無条件の敬意を表明して来た右派論壇の多くが、厳しい見方を提示しているのだ。背景には、これまでの「お言葉」から垣間見える天皇自身の思想信条が、左派リベラルの見解に近いという事情がある。

 左派論壇を代表する雑誌『世界』の10月号に掲載された長谷部恭男「象徴天皇と『生前退位』−憲法から考える」は、天皇の「お気持ち」に寄り添いながら議論が展開される。長谷部は、天皇が「憲法あっての天皇」という立場を明確に表明している点を評価し、生前退位の意向を表明することについても「憲法に反するとは思えません」と擁護する。また、天皇が摂政を置くことに否定的な見解を示したことに対して、「それはもっともなことだと思います」とし、国民的議論の必要性を喚起している。個人的には妥当な見解だと思うが、左派論壇全体が天皇個人の思想信条に引きずられる形で天皇観を変更しているのであれば、問題がある。左派はもう一度、天皇論を整理し直すべきである。

 一方で、右派論壇を代表する雑誌『正論』『WiLL』『Voice』 掲載の論考の多くは、天皇への敬意を示しつつ、「お気持ち」の内容への違和感と不支持を表明している。『Voice』10月号の渡部昇一「摂政がやはり最善」では、象徴天皇の任務を宮中での「祈り」に集約し、被災地の見舞いや慰霊の旅などは摂政に譲るべきだと主張する。渡部が危惧するのは、皇室典範改正の機運が高まることである。男系男子の皇位継承を最も重要な「皇室伝統」と捉える論者にとって、女系・女性天皇の検討につながる皇室典範改正の議論は退けておく必要があるのだろう。

 『WiLL』9月号の加地伸行「『生前退位』とは何事か」では、天皇皇后に対して「可能なかぎり、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましになられないこと」を提言している。天皇の各地への訪問を極度に制限することで、公務の本質的軽減が可能となるとする。これは天皇の考える「象徴」のあり方そのものを厳しく批判するものだ。厳しい文体には、天皇に対するいら立ちが感じられる。

 ただ右派論壇も一枚岩ではない。『月刊Hanada』10月号の高森明勅(あきのり)「ご譲位の“玉音放送”と国民の責務」は、天皇の「お言葉」を丁寧に読み解いた上で、その意向に従い「譲位への道を切り拓(ひら)く以外、国民としてなすべき務めはない」とする。また、譲位を実現するためには「憲法上、どうしても典範の改正が不可欠」と明言し、政府と国会は速やかに皇室典範改正を進めるべきだと提言する。

 『国体文化』9月号の金子宗徳「陛下のお言葉を拝し奉りて」は、「今回の御聖断」を「謹んで承るだけ」とし、天皇の意向の実現に全力を尽くすべきことを説く。これは、「承詔必謹」(天皇のお言葉を聞いたら、必ず敬い尊ぶべきだ)の精神に基づいていると言えよう。近年の『国体文化』の特徴は、右派論壇における皇太子夫妻への批判を厳しく退けている点にある。今年6月号には、批判の中心人物である西尾幹二・加地伸行に対する「断筆勧告」を掲載した。皇室基盤強化のためには皇室典範改正が不可欠という立場も鮮明にしている。国体論の本質を追究することで、右派論壇の問題点をあぶり出す議論は、傾聴に値する。

 リベラルな天皇に寄り添う左派と「承詔必謹」の国体論者が見解を共有し、右派論壇の天皇批判と衝突する構図は、やはり奇妙だと言わざるを得ない。天皇のあり方についての「国民の総意」が確立されていない現状を反映しているのだろう。

 天皇はいかなる存在なのか−。総合的で国民的な議論を展開すべき時が来ている。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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