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論壇時評

庶民支える 継ぐべき理想 角栄ブームは郷愁か 中島岳志

 昨年来、田中角栄がブームになっている。書店には角栄の関連本が数多く並び、語録はベストセラーになっている。なぜ人々はいま、角栄に惹(ひ)かれるのか。

 角栄ブームは、現状に対する批判や不満が下支えしている。舛添要一前東京都知事の「せこさ」が話題になると、かつての「金権政治家」の「豪快さ」への郷愁がわく。世襲議員が多くを占める中、たたき上げの「今太閤」が魅力的に映る。自己責任型の小さな政府になると、地方や庶民の暮らしを楽にすることを目指した「列島改造論」が称賛される。隣国との関係悪化が懸念されると、「日中国交正常化」を成し遂げた外交力が評価される。

 人々はいまの政治家に欠如しているものを角栄に求めている。政治家の器量、情、庶民への温かいまなざし。角栄ブームは現政権に対する痛烈な批判としてわき起こっているのだ。

 『文芸春秋』8月号は、特集として「平成の角栄を探せ」を掲載しているが、そこで取り上げられるのが小泉進次郎と細野豪志だ。

 田崎史郎は「田中角栄と小泉進次郎」という論考の中で、小泉の演説のうまさに角栄の姿をダブらせる一方、人心掌握術に脆弱(ぜいじゃく)性をみる。小泉は初当選時から将来の首相候補と見なされている。同世代にライバルは見当たらない。「これは幸運なのか、それとも不運なのか…」。小泉が角栄の人間味を有するには、あまりにも経験が浅い。そもそも政治家になるまでのキャリアも動機も異なる。

 政治は「テクニカル・ナレッジ」(技術的な知)よりも「プラクティカル・ナレッジ」(実践的な知)が重要になる。小泉は角栄との距離を埋めることができるのか。全く別の政治家像を描いていくのか。

 小泉が世襲議員であるのに対し、細野豪志は政治家の家系ではない。戦後、三十代で閣僚を経験した政治家の中で、世襲議員でないのは角栄と細野だけだ。細野は「我こそ、角栄の道を歩まん」と題した文章の中で、影響を受けた二人の人物をあげている。一人は角栄の秘書だった朝賀昭。もう一人は角栄の薫陶を受けた小沢一郎。細野は角栄を強く意識しながら、政治家としてのキャリアを積んできた。

 細野は二〇一四年、当時の民主党内に「自誓会」という派閥を作り、リーダーとなっている。彼はあえて派閥がもつ意味と効用を訴える。人間は合理的な側面だけで行動するのではない。「困ったときにお金を出してくれた」ことや「選挙の応援をしてもらった」ことなどが濃密な人間関係を構築し、「時に主張は違ってもまとまっていくことができる」。細野は、角栄がもっていた泥くささをあえて選ぼうとしている。反時代的で勇気のいるチャレンジだ。

 一方、角栄ブームに批判を投げかける論者も多い。水木楊と佐藤優の対談「日本にとって田中角栄とは何だったのか」(『文芸春秋』8月臨時増刊号)では、角栄がもてはやされる現状を「一種の日本の病理」(佐藤)と指摘する。

 佐藤が強調するのは、角栄の時代と現代の社会状況の違いである。角栄の時代は、日本が経済成長の中にあった。しかし、今は長い停滞期に入っている。「右肩上がりの時代のヒーローは、右肩下がりの現代ではヒーローになりえません」

 水木も佐藤の見解に同調し、「一九八五年に日本が世界最大の債権国になったときを境にして、角栄の役割は終わ」ったと言う。右肩上がりの時代には、土建業を通じた再配分が地方の生活を支えた。裏金も飛び交った。受益者たちは、選挙時に集票マシンとして機能した。不公正な連帯によって、日本の経済成長は支えられていた。そのシンボルが田中角栄という政治家だった。

 しかし、時代は変わった。今の日本政府に、潤沢な予算は存在しない。ダーティーな政治も許されない。「ああいう手法でいまの政治に何か突破口ができると思うのは、大きな間違いです」(佐藤)

 九〇年代以降の政治改革は、クリーンな政治を目指した。戦後日本の不透明な再配分にメスを入れた。そのことには意味があった。しかし、新たな「透明で公正な再配分のシステム」を構築することができず、極端な格差社会を作り上げてしまった。今の状況を単なるノスタルジーで乗り越えることは不可能だろう。

 しかし、角栄が有する魅力の中に、政治家の普遍的な理想像が含まれていることも事実だ。庶民の生活をなんとしても支えること。人の心をつかむこと。情に厚く、包容力を持つこと。裏切らないこと。

 私たちは角栄から何を継承し、何を乗り越えていくべきだろうか。角栄ブームを単なる郷愁に終わらせるのではなく、現代政治のあり方を見つめ直す重要な機会としなければならない。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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