トップ > 特集・連載 > 鉄道まるっと切り抜き帳 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

鉄道まるっと切り抜き帳

名鉄長良線が廃止から30年 高森さんが写真撮りためる

1988年春、名鉄新岐阜(現・名鉄岐阜)駅前で運行する、廃止を間近に控えた長良線。車体には同年開催の中部未来博をPRする文字も=高森さん提供

写真

1984年2月、高架化される前の国鉄(現JR)岐阜駅前=高森さん提供

写真

1984年3月、岐阜近鉄百貨店(現・岐阜中日ビル)と柳ケ瀬商店街の前を走る長良線=高森さん提供

写真

高森正明さん

写真

 かつて岐阜市内を走った名鉄の路面電車のうち、市中心部の徹明町と長良北町を結んだ「名鉄長良線」(延長3.9キロ)が最初に廃止されて、今月でちょうど30年。同線をはじめ、在りし日の路面電車の姿を数多く写真に残した岐阜市の自営業、高森正明さん(69)は、往事に思いをはせ「懐かしい岐阜の風景を知らない世代が増えてきた。若い人たちにも伝えていきたい」と話す。

 高森さんは、名鉄岐阜駅に近い玉宮町で育ち、幼少時は毎週のように母親に連れられて長良線に乗り、岐阜公園や金華山に足を運んだ。「発車時の『チンチン』という合図の音は忘れられない。子供時代の思い出は、長良線と結び付くものばかり」といい、中学、高校も路面電車で通った。赤い車体から「赤電」と親しまれた電車は「通勤通学や買い物など、市民の暮らしに密着した存在だった」。

 県外の会社に就職し郷里を離れていた1980年代、新聞で「路面電車の利用客が減って赤字化している」との記事を目にした。「いつか廃止されてしまうかも」と予感し、岐阜市に帰省するたび、路面電車を趣味のカメラで撮影するように。結局、長良線は88年6月1日に廃止され、他の路線も徐々に縮小、2005年4月1日には全線が姿を消した。

 その後も高森さんは仕事の傍ら、札幌や函館、熊本、長崎など全国各地で路面電車を撮影。フィルムでの撮影枚数は7500枚にも及ぶが「やはり失われた岐阜の風景にはかなわない」と話す。撮りためた写真の中には、路面電車の背景に高架化される前の岐阜駅や撤退した複数の百貨店、古い町並みなど、今はなき風景も写り込んでいる。

 会社を退職して5年前に帰郷し、今は玉宮町を中心とした市街地活性化の活動に取り組む高森さん。これまでに写真を発表したことはなかったが、「赤電が走っていた頃の岐阜は活気に満ちていた。当時の情景を伝えながら、これからのまちづくりに生かしたい」といい、今後はギャラリーや展示会などで紹介していく考えだ。

 (小倉貞俊)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索