トップ > 特集・連載 > 鉄道まるっと切り抜き帳 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

鉄道まるっと切り抜き帳

相棒は1955年製、時代超え走る 豊橋鉄道と今泉さん

1955年製車両の運転席に座る今泉隆優さん=豊橋市東田町で

写真

1955(昭和30)年製造を示すプレート

写真

 全国のファンの間で人気を博す「おでんしゃ」や「ビール電車」など、豊橋鉄道市内線の企画向けに活躍する車両はいずれも1955年製。人間で言えば還暦を過ぎた63歳だ。運転士を務めるのは、現場一筋の大ベテラン今泉隆優さん(59)=新城市上平井。相棒とともに、移りゆく時代を走り続けてきた。 

 「電車に特別な興味があったわけじゃない。デスクワークや流れ作業が嫌だった」と今泉さんは打ち明ける。新城高校3年の時、先輩が渥美線の車掌として活躍していた縁もあり、運転士を募る豊橋鉄道の求人票を見て入社。18歳だった。

 車掌勤務を経て20歳で免許を取得すると、1人で運転を任せられるように。雨の朝には停留場に大勢の乗客が並んだ。始発の赤岩口を出ると、次の停留場でもう満員。「次の電車を」と頭を下げて謝った。4〜5分間隔で運行するダイヤに遅れないようにするのが精いっぱいだった。

 それでも「1人で電車を動かして、お客さんを目的地に運ぶのは面白い」。活況の街を駆け抜ける運転士の喜びをかみしめていた。年配の運転士が多い中、乗客に「若い運転手さんね」と声を掛けられるのも励みだった。

 かつて百貨店や映画館が複数あり、休日は人の肩がぶつかるほど通りがにぎわった豊橋駅前だが、郊外型店舗の出店やモータリゼーションの波に押され、活気が失われていった。市内線の乗降客数も下降線をたどった。

 現在、市内線の運転士は32人で、運行中の車両は16両。今泉さんは通常ダイヤの合間に走る「おでんしゃ」など企画車両の運転を担当している。

 酔客を背にする運転にも愛着がある。「カラオケがうまいお客さんだと気持ち良く運転できる。音程が外れると、『脱線せえへんかな』と思っちゃう」。夜の車庫で、「おでんしゃ」客室のモップ掛けをしながら思い出し笑いをする。

 現在の市内線車両は、ほとんどが企業広告のラッピングをまとうが、「おでんしゃ」の車体は、かつて豊橋鉄道標準色のクリーム地に赤帯のままだ。見ると、街に活気のあった時代を思い出す。「引退するまでずっと頑張ってもらわないと」。4歳年上の相棒にそう声をかけた。

 (阿部竹虎)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索