トップ > 特集・連載 > 鉄道まるっと切り抜き帳 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

鉄道まるっと切り抜き帳

かつての林業繁栄伝えて 中津川の森林鉄道遺構

川上川にかかる下柳橋のたもとに残された森林鉄道の遺構=中津川市川上で(4月24日撮影)

写真

 裏木曽県立自然公園内にある中津川市川上の夕森公園。園内を流れる川上川沿いに、かつて木材運搬のために旧川上村(現川上)を走っていた森林鉄道の石積み橋脚が残されている。川面からの高さは80メートル。モニュメントとしてディーゼル機関車も展示されている。

 「昔、この辺りは林業や木材業が盛んで活気があった。木を切る作業員、木材を売り買いする人…」と、旧川上村森林組合に勤めていた地元の小松彦太郎さん(89)。

 森林鉄道の前身・坂川鉄道が開業したのは1926(昭和元)年12月。川上川の上流域に皇室の財政を支えた御料林があり、ヒノキやサワラの搬出のため、旧宮内省と川上村が運営していた。

 区間は、今の夕森公園内にあった丸野駅から、JR中央線坂下駅近くに設けられていた貯木場を結ぶ新坂下駅まで10・5キロ。ドイツ製蒸気機関車が使われた。その後、丸野駅から御料林まで8・6キロの坂下森林鉄道(川上線)もできた。宮内省の管轄だった。

 沿線に食料品店や飲食店もあり、人でにぎわった。東濃森林管理署の高塚慎司署長(45)は「天然木が豊富で、村の基幹産業だった」と話す。

 坂川鉄道は旅客も運んでいたが、太平洋戦争で経営が悪化。宮内省に譲渡され、御料林までを結ぶ森林鉄道に編入された。戦後も利用されたが、61年の台風で壊滅的打撃を受け運行廃止に。翌年に線路も撤去された。

 川上では今、林業や木材業に携わる人は少ない。残された森林鉄道の遺構もわずかだ。展示されている機関車も、教材や観光用として旧川上村が長野営林局から譲り受けたものという。

 市川上総合事務所の原久喜所長(56)は「時代とともに山との関わりも変わってきた。森林鉄道の遺構を、山の文化を伝承する素材として活用していきたい」と話した。

 (星野恵一)

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索