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鉄道まるっと切り抜き帳

三角屋根の“終着駅” 賢島駅舎

1969年に撮影された賢島駅舎=志摩市阿児町神明で

写真

 志摩市の英虞湾に浮かぶ賢島。大正期まで草木が生い茂っていた無人島は、鉄路の乗り入れを契機に100年余で国内屈指のリゾート地に姿を変えた。間近に迫った伊勢志摩サミットの舞台となる賢島の歴史と変遷を写真で振り返る。

 今も昔も賢島の玄関口。白黒写真は1969(昭和44)年の光景で、賢島港がある南側から撮影している。

 この建物は現在、入り口が閉鎖され、特徴的な三角屋根やひさしが当時の面影を伝えている。階段があった場所は花壇となった。隣に新しい駅舎が建ち、週末になると観光客でにぎわう。

現在の賢島駅舎(中)と、今も面影を残す旧駅舎=志摩市阿児町神明で

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 白黒写真を撮影したのは志摩市阿児町神明の溝口登志裕さん(61)。中学生のころに父から借りたカメラで写した。「刻一刻と移り変わっていく賢島の風景を残そうとシャッターを切った。当時はここに特急バスの乗り場があったんですよ」と振り返る。

 29年に志摩電気鉄道が鳥羽から賢島の真珠港駅間で運転を開始し、賢島駅は開業した。阿児町史によると、志摩電鉄の当初の計画は鵜方浜を終点としていたが、参宮客を誘致するには賢島が有利として変更。これによって鵜方村の住民が強く反対し、賛成派と反対派による激しい論争が繰り広げられたという。

 真珠港駅は廃止となり、現在は賢島駅が近鉄志摩線の終着駅となる。

(安永陽祐)

 

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