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シリーズ「あなたも騙される」 〜実録ニセ電話詐欺〜

1 被害者…蒲郡の主婦(64) 被害額…200万円

 騙(だま)されるのがおかしい−。そんなふうに思ってはいないだろうか。シリーズ特集「あなたも騙される」では、実際に被害にあった人たちの協力を得て、その体験を徹底取材。脳の働きや心理を操る狡猾(こうかつ)な手口を明らかにし、その防止策を考えていく。第一回、まずは息子を守りたかった、ある母親の話から。

「風邪ひいた」

 トゥルルル−。愛知県蒲郡市内のある民家で居間の電話が鳴ったのは春には少し早い今年二月十三日午後九時ごろ。その家の主婦(64)が受話器を取った。

 男「もしもし(ごほっ)。風邪をひいたかもしれない(ごほっ)。のどの調子が悪い」

 相手が名乗ったか、覚えはないが、せきを繰り返す声は、県内の企業に勤め、実家を離れて一人暮らしをしている、わが子だと思えた。

 主婦「早く病院に行きなさい」

 男「分かったよ。携帯電話を替えて、番号が変わったんで教えておこうと思って…」

 主婦「そうなの。早く寝なさいよ」

 男「うん。出勤前に病院に行くよ」

 後で思えば、偶然だろうが、息子は一週間前、実家に寄って晩ご飯を食べた時に風邪をひいたと言っていた。電話の相手を疑うことはなかった。

 再び電話が鳴ったのは翌日午前九時ごろ。相談事があるらしいが、どうにも言いづらそうだ−。

 男「お母さんに迷惑掛けたくないから、自分で処理する」

「不倫ばれた」

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 主婦「何があったの?」

 男「実は半年前から付き合ってた彼女が結婚してたんだ。不倫になるから別れ話をしたら、小競り合いになっちゃって、弾みで手を払ったら壁で頭を打った。入院して、だんなさんにもばれてしまった」

 三十半ばの独身の息子。会うたびに早く身を固めるようにせかしてきた。いつもは「ほかっといて」とうざったそうにする息子に彼女がいたとは。それだけでも驚きだが、さらに…。

 男「訴えるって言われたけど、カネを払えばってことで、友達に借りて払った。友達には消費者金融から借りて返した」

 主婦「なんてことを…。とりあえず百万円あるから、これで払いなさい」

 手元にはちょうど定期預金が満期になった百万円があった。年金生活の身だが、わが子のためなら…。

 男「十時半に名古屋で弁護士と会う約束をしている。また連絡するから」

 男からは、断続的に電話が入るようになる。同居する夫は仕事で不在。こんなこと他人には相談できない。

 男「十一時までに入金してほしい」

 主婦「私が名古屋まで持って行くから」

 男「振り込みの方が早い。金利は半日計算で、午前と午後では違うから」

 主婦「そうなの? 手続きする書類を用意して三十分くらい。少し待って」

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 リミットの時間を設けられ、焦りが強まる。息子なら知っているはずの携帯電話の番号を聞かれたが、疑問に思うこともなく、教えてしまった。午前十一時、近くの金融機関に到着するのを待つように、その携帯が鳴った。

 主婦「ATMは不慣れだから窓口の人にやってもらうわ」

 男「ATMの方が早いから」

 男に指定された振込先の口座番号を入力しても、名義人の名が表示されない。聞かされたのは、さらに焦らせるためのニセの番号だったようだ。あわてて男に電話した。

「電話は外で」

 男「いまどこで電話してるの」

 主婦「ATMの前だけど」

 男「電話は外でかけてよ」

 言われた通りに外へ。ATMの前で電話を続けていれば、行員が不審に思ってくれた可能性が高いのだが…。

 男がようやく別の口座番号を告げた。入力すると、振り込みが完了した。

 主婦「十一時三十六分に振り込んだから」

 安堵(あんど)した。帰宅するとまた男から…。

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 男「弁護士は、彼女との関係も解決してくれると言うんだ。また百万円必要なんだけど、今は都合が付かない」

 主婦「定期を解約して用意する。返すのはいつでもいいから」

 慣れたのか、二度目の振り込みはスムーズにできた。

 (これで息子に傷が付かない)。再度、帰宅したのは午後一時ごろ。やっと少し落ち着いた午後三時。ふと、頭をよぎる。

 (まさか…)。息子の本来の携帯電話にかけると、すぐに出た。いつもと変わらぬ声。

 主婦「あんた、風邪じゃなかったの?」

 息子「何言ってるの?」。騙されたと気付いた瞬間だった。

◇脳に強い不安 思考停止に

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 外界からの危険を察知するのは、脳の扁桃(へんとう)体。動物が天敵などを察知するため、爬虫(はちゅう)類以上が持つ原始的な機能です。

 海外の研究では、同じ内容でも切迫した声で言われた場合、穏やかな声の場合と比べ、被験者の扁桃体が活発に働き、血流量が増えた。脳全体にアラームを出したという意味で、副腎皮質刺激ホルモンが分泌されて糖を作り、心拍や血圧を上げて酸素と糖を送り込む。体のエネルギー水準を上げて、戦ったり逃げたりできるようにするわけです。

 扁桃体に強い刺激を受けると「われを忘れる」状態になり、現状の危機を脱することを優先する。この主婦の場合、相談事があるという電話で、扁桃体が活動を始めた。息子が不倫し、別れ話が訴訟に発展しかねないと不安を畳み掛けられ、時間的なプレッシャーで考える間を与えられず、思考停止に追い込まれた。不安の原因は、お金を振り込まないと解消されない。

 人間誰しもこうした脳の働きは同じ。状況次第で誰でも被害に遭う可能性はあるということです。扁桃体が敏感な人ほど、詐欺のリスクが高いといえますが、それは感情が豊かで、家族への愛情が強いからでもある。

 扁桃体を抑制する機能を担うのは前頭前野で、霊長類で人間が顕著に大きい。熟慮し、自省する。では、前頭前野を働かせ、冷静になるにはどうしたらいいか。実は、扁桃体が活発な途中で冷静になるのは難しい。だから、事前に家族間で約束事を決めておくのがいい。緊急時は必ず、折り返しの電話をする。会話の初めに「元気?」と言うと決める−などです。

◆03年から被害、手口が多様化

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 「ニセ電話詐欺」(特殊詐欺)とは二〇〇三年以降に急増した主に電話を使って振り込みや手渡しで金銭をだまし取ろうとする詐欺の総称だ。

 中でも定番かつ古典といえるのが、今回の主婦のケースのように身内を装う「オレオレ詐欺」。警察庁によると、〇三年五月ごろから被害が目立ち始めた。

 警察庁は第一号を「不明」とするが、オレオレ詐欺を「生み出した」と主張するヤミ金グループの元メンバーの著書によると、同年二月ごろ、グループ内の二十一歳の男が考案し、他のヤミ金グループなどへ爆発的に広まったという。すぐに新たな手口も生まれ、被害が拡大。〇四年十二月、警察庁は金融機関に振り込ませる共通点から「振り込め詐欺」と命名した。

 現金自動預払機(ATM)利用限度額の引き下げなどの対策強化で被害額はいったん減少するが、さらなる手口の多様化や、現金を直接、受け取るケースが主流となったことで、再び増加傾向に。手渡し型は一件当たりの被害額も大きく、〇九〜一三年では被害件数が七千三百件から一・六倍増だったのに対して被害額は五倍に増えている。

 警察庁は一一年から、多様化した手口をまとめて「特殊詐欺」と総称するが、実態が分かりにくいため、本紙は今年八月から「ニセ電話詐欺」を使っている。

 

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