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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 24人の裁判官(2) 角雄記(社会部=前大津支局)

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 解剖医が「呼吸器の管が外れていた→窒息死」と鑑定し、検察は真逆の「つながっていた」で犯行手口を描いた滋賀の呼吸器事件。大阪高裁の再審開始決定後、検察側は矛盾を認めながら最高裁に特別抗告し、再審の扉はまだ開いていない。一審から関与した計24人の裁判官はなぜ矛盾を見逃し続けたのか、検証する。

 三審制とは、分かりやすくいえば仮に地裁が「真実」を見逃しても、高裁という次の砦(とりで)があり、そこで再び見逃しても、最後の砦として最高裁が控えている−多くの人はそう考えるのが普通だろう。上級審に行くほど、経験豊富で実績のある裁判官になる、とも漠然と想像しているはずだ。

 では、呼吸器事件で鑑定書が「チューブが外れていた」という間違った当初の情報をもとに死因を窒息死と断定した“誤り”を、高裁、最高裁はなぜ繰り返し見逃したのか。「つながっていた」を前提とした判決との矛盾は明らかなのに、だ。

◆誤りが争点にならず

 司法に詳しい人には当たり前のことだが、高裁、最高裁では裁判をゼロからやり直すわけではない。二審以降は、原則として一審の判決で不服の申し立てに絞った論争が中心になり、もしも、一審の判決の中に重大な誤りがあったとしても、それが「争点」に浮上してこなければ見過ごされやすい。

 呼吸器事件で言えば、それが死亡発見時のチューブの問題だった。司法解剖鑑定書は「外れていた」と明記し、そこから酸素が漏れ、死因を「窒息死」と結論づけた。ところが、捜査するうちに「外れていた」のなら鳴るはずのアラーム(警報音)を誰も聞いていない“事実”と矛盾する。つじつまが合わなくなり、西山美香さん(38)逮捕後の再聴取で、発見者の看護師の証言は「外れたか目で確認していない」に変更され、チューブは「つながっていた」に百八十度変わった。

 それなら当初に「窒息死」とした前提も変わり、「植物状態の患者が終末期に息を引き取った」可能性を考えるのが自然だが、すでに殺人容疑での逮捕に踏み切っていた捜査本部は引き返すことなく、「外してもアラームを鳴らさずに窒息死させる」という、障害のある彼女の犯行とは考えられない複雑な手口をひねり出した、とみられる。

 一審、二審、最高裁で西山さんは無実を訴えたが、無視された。鑑定書と判決文を読み返せば一目瞭然の「矛盾」に、なぜ裁判官たちは気がつかなかったのか。現役時代に約三十件以上もの無罪判決を書き、すべて確定させた元東京高裁判事で弁護士の木谷明さん(80)から返ってきたのは「当事者が言っていない問題に深入りするのは、特に上級審の場合、難しい」という答えだった。

 「上級審(高裁、最高裁)は書面審理が原則。弁護人が不服申し立てしていないことを、裁判所に気付いてもらうのは期待できない。裁判官が自分で議論を導くのは、思い込みで判断してしまい、むしろ事実を誤る恐れもある、という考えがある。特に上級審は、当事者主義でいかないと、ということになる」

 当事者主義とは、訴訟進行の主導権は裁判官ではなく当事者(検察官、被告人=弁護人)にあるという原則のこと。とはいえ、弁護人が相手にするのは巨大な警察、検察組織。すべての証拠を握り、被疑者を長時間取り調べる検察側に対し、接見時間も限られる弁護人に「矛盾」見落としの責めを負わせるのも酷だろう。木谷さんは、当事者主義の反対語で、裁判官が主導する職権主義を持ち出し、こうも言う。

 「一審なら職権主義の余地も大きい。この事件でも、裁判官が鑑定書と検察主張の矛盾に気づけば、これを指摘して検察官に釈明させ、双方に論争させる訴訟指揮が可能だった。それをやっていない」

 一審の大津地裁(長井秀典裁判長)は、検察の主張通り、チューブは「(被告が)元どおりに接続した」と鑑定書の「外れていた」と矛盾する事実を判決文に書き、西山さんの「計画的で巧妙な犯行」と決め付けた。

◆検察寄りの職権主義

 木谷さんは「裁判官がどこまで真剣に検討したか疑問だ」と話し、「職権主義は本来は被告人をカバーする方向でなされるべきだが、裁判所は往々にして検事をカバーする職権主義を用いる」と嘆く。

 矛盾した判決文のために、二十代前半からの十二年を刑務所で過ごすことになった西山さんを思うと、鑑定書と見比べれば分かる程度の“事実誤認”を「気付かなかった」では済ますことはできない。「事実」に誤りはないか、を精査する基本がおざなりになっているのなら、三審制の意味はない。裁判官には形式論よりも、真実を見抜く基本的な姿勢に立ち返ってもらいたい。

 

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