トップ > 特集・連載 > ニュースを問う > 記事一覧 > 記事

ここから本文

ニュースを問う

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 24人の裁判官(1) 角雄記(社会部=前大津支局)

大脳を「ほぼ全域が壊死」と記した司法解剖鑑定書。裁判官は「(ハグハグに)迫真性がある」と認定したが、弁護団は「口をハグハグはあり得ない」と主張した

写真

 呼吸器事件では、発生時に書かれた司法解剖鑑定書の矛盾が、一審から第二次再審までに関わった二十四人の裁判官によって見過ごされた。なぜ、そのようなことが起きたのか。司法の根深い問題があるようにも思える。その最たるものとして「自白偏重」に警鐘を鳴らすのは元裁判官たちだ。

◆鑑定書の矛盾、見逃す

 刑事裁判で三十件以上もの無罪判決を出し、すべて確定させた実績のある木谷明元裁判官(80)は「検察官の作文で、迫真性とか言ってはいけない」と一、二審とも供述調書の信用性に「迫真性」を挙げている点を問題視する。刑事の言いなりになっていた西山美香さんが、患者死亡の瞬間を「口を大きく開けてハグハグさせていた」と想像で語ったと公判で明かした供述調書のことだ。弁護団も「大脳はほぼ全域が壊死(えし)」などとある鑑定書の記述を理由に「(ハグハグは)医学的にあり得ない」と反論したが、確定判決は一蹴した。

 木谷さんは「従来は、その場にいなければ語れない迫真性に重きをおく直感的・印象的判断を重視する裁判が大勢だった。この判決はその典型。だが、取調官は、供述調書作成の過程で『迫真性』をいかようにも作文できる。核心部分で供述が変遷しているならば信用性がないと考え、他の客観証拠と突き合わせて判断するべきだ。それを分析的・客観的判断と私は言っている。最高裁の判例でも採用されているが、いまだに多くの裁判官が直感的・印象的判断方法から抜け出せていない」と嘆く。

 呼吸器事件では、供述調書や自供書などが九十四通に及び、その都度、手口が二転三転した不自然な経緯があった。

 木谷さんの指摘する通り、唯一の客観証拠でもあった鑑定書をきちんと検証すればどうなったか。死亡時の人工呼吸器の管は「つながっていた」。だが、鑑定書では「外れていた」を前提にした窒息死と断定しており、事実誤認にもとづく死因は根拠を失う。「分析的・客観的判断」の手法であれば“事件性”そのものが疑われたはずだ。

 木谷さんは「直感や印象に流される裁判官は、本当に恐ろしいことをしている、という自覚が必要だ。(痴漢冤罪(えんざい)がテーマの映画『それでもボクはやってない』の)周防正行監督が言っている通り、真相は被告人は知っているが裁判官は知らない、のだから」と戒める。

 裁判の改善のため在職中に「日本裁判官ネットワーク」の設立に携わった安原浩元裁判官(75)も「本来、裁判官は自白の誤りを発見するのが職責」と検察の筋書きに距離を置く立ち位置を重視する。

 しかし、実際の刑事裁判の現場では起訴内容に被告が「間違いありません」「反省しています」という事件がほとんど。「たまに否認する被告がいると反発する感情を持ってしまうことさえある。個々の裁判官が良い悪いではなく、職業病のような面もある」と、検察のストーリーに引きずられやすい構造的な危険性を指摘する。

◆検察と違う筋書きを

 ならば、どうするべきなのか。元刑事裁判官が共通して語るのは検察とは違う「アナザーストーリー(もう一つの筋書き)」の勧めだ。いくつもの無罪判決を出しながら検察側の逆転を許さなかった別の元裁判官は「供述調書の自白を正しい、と考えたら危ない。自白偏重に陥ると、本来は無罪の証拠になるべきものでも有罪の根拠に見えてしまう」という。

 「被告の法廷での無罪の主張が、まずは本当じゃないか、というところから始めて、証拠をしっかり見ていくと『もし供述調書の自白が本当なら説明できないじゃん』というところが出てくる。そうなると、事件の構図がみるみる崩れてくる。面白いようにそうなるもんだよ。調書の自白の信用性ありきで始まっちゃったら、終わりだよね」

 一審で有罪判決を受けた西山美香さんは翌二〇〇六年の控訴審判決まで、両親への手紙で、裁判官に無実の訴えを託す思いを繰り返している。「全力で一生懸命裁判官にうったえます」「少しでも裁判官にわかってもらえるようにします」。その言葉通り、精いっぱいの訴えが大阪高裁の法廷尋問の記録に残っている。

 裁判官 最後にこれだけは裁判所に分かってもらいたいということを話して。

 西山さん 私は絶対Tさんを殺していません。Tさんを殺そうとも思っていません。どうか分かってください。

 その願いはかなわず、大阪高裁の判決も結果は一審と同様、検察の主張の丸のみだった。

      ◇

 昨年十二月に大阪高裁が再審開始を決定した呼吸器事件は、検察側が特別抗告し現在、最高裁で審理が続いている。

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索