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京大の「731部隊」論文疑惑(上) 勝間田秀樹(京都支局)

「論文問題を通じ、軍学共同研究の意味をもう一度考え直すべきだ」と話す池内了名古屋大名誉教授(右から2人目)ら=京都大で

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 軍事研究に真っ向異を唱えてきた学術界の拠点に、身内でもある軍事研究反対派から突き付けられた踏み絵。「軍事に反対」の本気度が問われる要求に、あいまいな結論は許されない。

 京都が三七度を記録した七月二十六日。半袖シャツ姿の学者グループが京都大キャンパスを訪れた。七十三年前、京大が学位を与えた旧日本軍七三一部隊の軍医の論文に「人体実験の疑いがある」として検証を求める山極寿一学長宛ての文書を手渡すためだ。

 研究倫理担当の野田亮副学長との一時間半に及んだ面会後の会見で、「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」の西山勝夫事務局長(滋賀医科大名誉教授)はこう語った。

◆70年間もタブー扱い

 「この七十年間、日本の医学界はタブーとして扱ってきた。同じことを繰り返さないためにも、空白の七十年を埋めなければならない」

 どういうことか。会見に臨んだ西山さんをはじめ、池内了名古屋大名誉教授、広原盛明元京都府立大学長、鰺坂真関西大名誉教授のそうそうたるメンバーは、いずれも京大OB。それゆえに、疑惑の過去を清算せずに、きれいごとを語ることは許されない、という強い思いがあった。

 旧日本陸軍が旧満州(中国東北部)のハルビン市郊外に置いた七三一部隊は、ペストやコレラを使った細菌兵器を研究し、「マルタ」と呼ぶ中国人捕虜らで人体実験をしたとされる。京大は石井四郎部隊長をはじめ、医学部出身者らを中心に人材を出した。

 求める会によると、軍医ら約十人が七三一部隊での実績を基に京大から学位を授与され、戦後、多くが医学界の重鎮となった。一九七〇年代には京大で医学部長に検証を働きかける動きがあり、同部隊の実態を著書「悪魔の飽食」に描いた作家の森村誠一さんの講演を学内で行ったが、西山さんは「京大自らの加害責任として捉える動きに結実しなかった」と悔やむ。

 問題の論文は、平沢正欣(まさやす)陸軍軍医少佐が四五年に博士号をとった「イヌノミノペスト媒介能力ニ就(つい)テノ実験的研究」。平沢軍医は四〇年秋、旧満州で起きたペスト流行に注目。動物病院に運ばれたイヌに付いていたイヌノミが人への感染源となったのではと疑った。イヌノミが感染を媒介するか研究した学者は当時いなかった。

◆「頭痛を訴える」サル

 求める会は、サル九匹にイヌノミを付けペストを感染させたとする論文の中の「特殊実験」が人体実験なのではないか、という。平沢軍医はサルにイヌノミを付けペスト感染させ、発症したサルが「頭痛、高熱、食思不振を訴え」たと記録した。求める会は「サルが頭痛に苦しんでいることを、どう把握できるのか」と疑問視する。もう一つが、感染したサルが「三九度以上を五日間持続し」と高熱を観察したとする点。サルには人より平熱が高い種が少なくない。高熱ととらえたのは、人だったからではないか、という。

 平沢軍医は論文で「先人の見解と異なりイヌノミもまた人類に対するペストの媒介者たる新事実を発見するに至る」と自賛。西山さんは、「サルの実験であれば『人類に対する新事実を発見せり』とは言えないはずだ」と疑問視する。池内さんは「誰もが疑う内容。こんなことも解決できないようでは同じことが起きる。軍事研究を封じ込めたい」。求める会は、京大が学位を与えた七三一関係者の論文でも、平沢論文は人体実験の疑いが最も濃いとみている。

 京大は全国の大学が防衛省が研究資金を提供する公募に手を挙げるべきか悩む中、軍事研究に関する基本方針で、社会の安寧や人類の幸福を脅かすことにつながる軍事研究は「これを行わない」と表明。ゴリラ研究の第一人者としても著名な山極学長は、軍事と決別する方針を継承した科学者機関「日本学術会議」のトップでもある。

 広原さんは「人体実験が事実なら軍事研究の極致。指針の公表後、京大が取り組むべき一号だといえる」と指摘。「どう向き合うか。山極さんは、キーパーソンだけに期待している」と話す。

 検証の焦点は、サル研究をはじめ最新の知見に基づきいかに多方面から疑惑にメスを入れられるか。故人の名誉にかかわることでもあり、人体実験との判断を下すにも明確な立証責任が求められるだろう。

 野田副学長は、九月上旬に何らかの回答をすると約束した。七十年以上前の論文をどう検証するのか。求める会の要請の動きを受け、私は京大霊長類研究所(愛知県犬山市)に専門家を訪ねた。

      ◇

 軍事研究に反対の論陣を張る牙城が問われた七三一部隊との関わり。学問の府の西の雄・京大は過去とどう向き合うのか。上・下で伝える。

 

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