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認知症鉄道事故(上) 宮崎正嗣(大府通信局)

高井さんが父の介護と裁判の記録をまとめた著書「認知症鉄道事故裁判 閉じ込めなければ、罪ですか?」

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 家族に責任なし、で一件落着ではなかった。

 二〇〇七年十二月、高井隆一さん(68)は認知症だった父親を鉄道事故で亡くし、半年後にJR東海に損害賠償を請求された。一審は介護者の母と当時横浜市在住の高井さんに、二審は母のみに賠償責任を認めたが、一六年三月、最高裁で家族は免責になり逆転勝訴した。それでも、高井さんにはわだかまりが残った。原因は、父親の行動をとらえた「徘徊(はいかい)」という言葉だ。

 裁判では、認知症患者の加害行為をめぐる監督責任が問われたが、「徘徊」に対して「手に負えない」「危険」「怖い」というイメージが社会に広まっていることに、違和感を持った。

 徘徊とは、辞書に「あてもなくうろつき回ること」とある。その通りなら、不気味な行動かもしれない。高井さんは裁判後に書いた著書「認知症鉄道事故裁判 閉じ込めなければ、罪ですか?」で真っ向から反論する。

◆危険な行動ではない

 「徘徊というと、無目的で歩き回るようなニュアンスがありますが、そうではありません。一人で外出したものの道がわからなくなって帰れなくなったにすぎません。従って、『徘徊』は決して危険な行動ではありません」

 高井さんは、あの日の父、良雄さん=当時(91)、要介護4=の行動を解き明かそうと試みた。

 良雄さんは午後五時ごろ、何も言わずに家を出て自宅すぐ前のJR大府駅(愛知県大府市)に向かった。在宅で介護していた母=当時(85)、要介護1=がうたた寝をしている六、七分のできごとだった。母がすぐに捜したが、良雄さんが駅方向へ向かったのが初めてだったため、見つけられなかった。

 「ちょうど会社から駅へ向かう人が多い時間帯だった。父は誰かを私や家族と勘違いし、追いかけたのではないでしょうか」(高井さん)

 駅に着いた良雄さんは財布を持っていなかったが、改札を通過した。

 「父の歩く速さでは、とても自動改札を通過できない。窓口改札を通った以外には考えられない」(同、JRが設置している防犯カメラの映像が確認できず、真相は不明)

 良雄さんが電車に乗ったのは、名古屋方面のプラットホーム。改札からまっすぐ歩き、突き当たって階段を下り、名古屋方面に向かう列車に乗った。

 「自然な人の流れを追っていた中で、たどり着いたのだと思う」(高井さん)

 次の共和駅(大府市)で降りた。だが、一転して共和駅では人の流れと逆に、何もないホームの北端に向かい、柵の扉を開け、階段を下りて線路に降り立ち、ちょうど向かってきた列車にひかれた。

 良雄さんは、そこで何をしたかったのか。ズボンのチャックが開いていたことを手掛かりに、実際に現場に立ってみた高井さんは、著書にこう記す。

 「私は、父が排尿する場所を求めてここから階段を経由して駅構内の線路に降りたことは間違いないと確信しました」

◆トイレと間違えた?

 良雄さんは、電車に乗ったものの、尿意をもよおしたため下車。トイレと間違えて線路に降りてしまったというのが隆一さんの見方だ。あの日、父は何も言わずに出てしまったが、普段は違った。

 「父の『東京へ行く』は不動産業をしていた40歳代以降の記憶の反映、『農協へ行く』はさらにその10年以上前の農協に勤務していた記憶に基づくもの、最後は生まれ育った『池田』(大府市内)でした。父の外出願望の対象は徐々に子どもの頃に戻っていったのです」(著書)

 人は誰しも老いていく最晩年、理解力、認識力を少しずつ失い、最期の時を迎える。その途中経過を無視して、周囲が理解できない行動だからといって「危険」で「怖い」存在と位置付けるべきではない、と私も思う。

 「父の外出願望も、亡くなった頃には随分収まっていました。あまり外出したいとは言い出さなくなっていました。(中略)本当に、もう少しのところまできていたのです」(同)

 誰もが静かな最期を迎えられるよう「社会で見守る」という理想が掲げられている。その実現に向け、徘徊の定義に異議を唱えた高井さんにとって「認知症鉄道事故裁判」はまだ、終わっていない。

      ◇

 高井さん家族の裁判は、多くの人が「明日はわが身」と受け止め、一審が示した家族の賠償額「七百二十万円」に仰天し、最高裁での「免責」にほっとした。多くの人が、認知症患者の徘徊を「恐れ」ているからではないだろうか。高井さんは社会全体が誤解している現状を疑問視し、「一人歩き」への言い換えを提案する。次回も引き続き考えたい。

 

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