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ヤングケアラー(若年介護者)(4)救いの手 星野桃代(名古屋整理部)

祖父の遺影に手を合わせる祖母。祖母の介護者は主に孫の私だった

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美談ですまない異常事態

 昨年秋の祖父の死は、実家の父母にある変化をもたらした。疎遠だった近隣の親類が葬儀を手厚く手伝ってくれたことをきっかけに、途絶えていたつながりが出てきたことだ。

 祖母の介護も抱える父母を気遣い、葬儀場や火葬場の手配から、予算の検討、参列者のもてなし方まで、一緒に決めてくれたという。名古屋で就職し、葬儀の準備に遅れて東京の実家に駆けつけた私に母は「本当に助かったのよ」とほっとしたように話した。

 その中の一人でもあった祖母の義妹は母の心のよりどころにもなった。母は、認知症気味の祖母から泥棒扱いされることに悩んでいた。排せつの汚れで使えなくなった祖母の古い服を処分すると「服がない。あんたが取ったのか」とよく責められた。

◆親類が母の癒やしに

 祖母の義妹にこぼすと、「あの人の口の悪いのは昔からだった」と心から同情してくれた。父のいとこも「馬耳東風でいいよ」「最低限の面倒をみたら無理に顔を合わせる必要はない」と助言してくれ、母の顔は久しぶりに晴れ晴れとしていた。

 祖母の義妹は世話好きな人で、お正月には「おせちを作りすぎたからもらいに来ない?」と帰省中の私と一緒に母を招いてくれ、女三人で大いに盛り上がった。彼女と携帯電話でやりとりする仲になった母から時々「きょうも話したよ」とうれしそうに報告がある。

 思えば、祖父母の介護を抱えた私たち家族は孤立していた。相談したり、愚痴ったりできる人が身近にいなかった。内向きになればなるほど、全て自力で解決しなきゃ、と思ってしまう。私も一人で悩んでいたが、父も母も同じだったのかもしれない、と今となればわかる。

 もし祖母の義妹のような世話好きな親類とのつながりが途絶えていなければ、少しは状況が違っていたのだろうか。祖母との関係に苦しんでいた母の相談役として、祖母の義妹に代わる人はいなかったような気がする。

 では、私自身はどうすればもう少し早く苦しみから抜け出せたのか。家族間でうまく負担を分かち合えず、介護に追われ、孤立し絶望感を抱えた大学生。結論から言うと、その「異常性」に気づく雰囲気がこの国にはないように思う。

 私が違和感を覚えたのは、往診の医師や看護師、派遣されるヘルパーたちが口々に「偉いお孫さんねえ」と言ったことだ。常に祖母に付き添う孫の姿を「美談」ととらえてのことだと思う。その場の絵柄としては、そう見えたかもしれないし、核家族化が進み、老人の孤独死が当たり前のこの国で、祖母に付き添う私に「古き良き時代」を感じたのかもしれない。

 二〇一〇年代の日本は、そんなノスタルジーに浸っている状況にないことを知ってほしい。現実を直視すれば、多くの大学生は奨学金とアルバイトなしで学生生活は成り立たず、そこに介護が加われば、もはや学業どころではない。SOSを発信することすら思い浮かばず、追い込まれていた私が、せめて医療関係者には異常を察知して声を掛けてほしかった、と思うのは期待しすぎだろうか。

 研究が進む英国では、ヤングケアラーを「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートを行っている十八歳未満のこども」と定義。一一年のイングランドとウェールズの国勢調査では十八歳以下の2%にあたる十六万人超が該当した。

◆該当者が20人に1人

 社会問題としての認知度が低い日本ではどうか。一六年の大阪歯科大と関西学院大の合同調査で、大阪府内の公立高十校(約五千二百人)で二十人に一人が該当。このうち大半が小中学生の時から障害のあるきょうだいの介助や親、祖父母の介護を担っていたことが判明。また、友人や先生に相談していた生徒はある程度いたが、医療や福祉関係者への相談は少なかった。

 少子高齢化が進む人口構造を考えれば、年金で「みこし」から「騎馬戦」さらに「肩車」へと若年層の負担が増している構図は介護でも同じはずだ。多くの人が気づかないか、見て見ぬふりをしているだけであれば、そんな若者の未来を閉ざすことにもなりかねない。

 二十歳を過ぎた大学生の私は同世代や年長の仲間の支え、ネット上の専門サイトやケアマネジャーなどからの助言を得られた。母は相談相手になってくれた親類のおかげで、介護に追われて孤立し絶望感を深めていく「スパイラル」から幸運にも抜け出し、ぎりぎりのところで家族の態勢を立て直すことができた。

 それが、高校生以下の年代で可能だろうか。次回はそんな苦しい高校時代を過ごした友人の経験を紹介したい。

     ◇

 祖父の介護で心身とも壊れかけた父が目の前で泣いた。祖母の介護を引き受けた大学生(当時)の私は二年間、真っ暗闇の中にいた。社会に埋もれたヤングケアラーたち。私自身の体験を通じ、この問題との向き合い方を社会に問いかける。

 

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