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ヤングケアラー(若年介護者)(3)悩んだ就職 星野桃代(名古屋整理部)

「逃げていい」に一筋の光

介護コミュニティーで知り合った仲間たちと。思いを共有したことに救われた。前列中央が筆者

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 大学三年の後半になって、「HEISEI KAIGO LEADERS」という介護コミュニティーに参加した。そこで知り合った大学生から「ヤングケアラー」という言葉を教わり、私の苦しみは、わがままでも罪悪感を覚えるようなことでもなく、素直に肯定していいものなのだ−そう感じてほっとした。

 さらに、ここで知り合ったある看護師の助言は、私に大きな転機をもたらした。彼も高校生の時ヤングケアラーだった。母親が若年性認知症を発症し、母子家庭のため一人で母と妹を支えた。頼れる人はなく、家族のケアと生計を立てることに追われ、看護師の夢をあきらめざるを得ない瀬戸際に追い込まれたとき、上京を決断したという。

 「僕は母の世話から逃げた。世間一般では、逃げることは悪だと言うけど、自分らしく生きるための一つの建設的な選択肢だと思うよ」

 もちろん、「逃げる」といっても単純に介護をほっぽり出すわけではない。自分が犠牲になるしかない、と思い込まず、自分が離れても、成り立つ道を考えることだと思う。この言葉を聞くまで、就職によって祖父母の介護から離れる、という発想は浮かばなかった。「自分のために人生を選んでよい」という、ごく当たり前のことに気づかせてくれたこの言葉は、真っ暗闇を歩いている感覚の中で一筋の光だった。

 実は彼と出会う少し前、一時的にシェアハウスに生活の拠点を移した。母と顔を合わせるたびに口論になり、精神が病みそうになっていた私の話を聞いて、友人が「関係を立て直すために実家を離れてみたら」と助言してくれたからだ。生活はさらに苦しくなったが、自分の時間を少しでも持てるシェルターのような場所になった。

◆自分と母の関係改善

 別居しつつ、週二、三回ほど往診の同席や洗濯、祖母の話し相手などで実家に戻った。私がいない日は母が食事の介護などを代わってくれるようになり、距離を置いたことで口論の回数もかなり減った。母から「いつこっちに戻ってくるの?」と寂しそうに聞かれたとき、ようやく私の気持ちを理解してくれた、と感じ、素直にうれしかった。

 私が就活を本格的に始めたころには、それまで決して代わろうと言い出さなかった「往診の同席」「処方箋受け取り」の二つを母が引き受けてくれた。とはいえ、就職のために実家を本格的に離れるとすれば、祖母との折り合いが悪い母と、ずっとギリギリのところで仕事と介護を両立している父のことは心配だった。

 そのころ、若年介護者の集い「横浜ヤングケアラーヘルプネット」で、初めて「ショートステイ」を知った。家族全体が切羽詰まった日々を送る中で情報不足に陥っていたのか、私も両親も制度を知らなかった。まずは両親が介護から解放されてゆっくりできる時間が必要だと思い、ケアマネジャーと相談し、祖父母を試験的に二泊三日のショートステイに預けた。

 精神的に不安定な祖母は初回の一度きりだったが、祖父は亡くなるまでの半年間に数回利用した。祖父は「ショートステイに行くことでお互いに気が休まる」と母に話していたらしい。やはり息子夫婦に「申し訳ない」という気持ちを持っていたようだった。

 四年生の九月ごろ、衰えが急に進みつつあった祖父が突然、遺産相続の手続きを父に頼んできた。両親には手に負えないと思い、私が弁護士や公証人と会って公正証書に調えた。

 すべてが終わった日の夜中、母が「不安が一つなくなって心が軽くなった。パパもそう思ってるよ」と無口な父の思いも代弁してくれた。卒論が一カ月近く遅れたが、実家を離れる前の、とても意味のある置き土産になったと思う。

 進路を最終決定し、中日新聞の記者になる道を選んだのは、卒論も提出し終えた一月中旬。都内の内定先に迷惑をかけたけれど、離れても大丈夫だと確信を持てるまで、実家のある東京にとどまる選択肢を手放せなかった。

◆最善尽くして離れる

 もしかしたら「家族を捨てた」と私を非難する人がいるかもしれない。でも、無責任に放り出したとは思っていない。残された両親が少しでも楽になるよう、最善を尽くしたと胸を張れる。両親の心身の状態が、介護を受ける祖父母にとって、何よりも大切だということも考えていた。

 両親も祖父母も、そして自分も犠牲にしたくなかった。誰かを犠牲にした状態で成り立つ介護は、やはりおかしいと、今でも思っている。

     ◇

 祖父の介護で心身とも壊れかけた父が目の前で泣いた。祖母の介護を引き受けた大学生(当時)の私は二年間、真っ暗闇の中にいた。社会に埋もれたヤングケアラーたち。私自身の体験を通じ、この問題との向き合い方を社会に問いかける。

 

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