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ヤングケアラー(若年介護者)(2)授業を病欠 星野桃代(名古屋整理部)

インターネットのサイト「安心介護」で質問すると、9人の人が丁寧に答えてくれた

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友が助言「おかしいよ」

 もともと「うつ」の傾向があった祖母は、七年ほど外出をしておらず、数少ない友人とも疎遠になっていた。料理ができなくなり、洗い物ができなくなり、洗濯も、入浴も、どんどんできないことが増えていった。だが、祖母は「汚い姿を見られたくない」という思いが強く、家族としても対処しあぐねていた。

 私が大学二年を終えるころ、祖母はトイレに間に合わないようになった。お漏らしで臭う上に長期間入浴しておらず、もう「見て見ぬふり」では済まなくなった。

 最初に頼ったのはインターネットだった。福祉学部の友人に教えてもらった「安心介護」というサイト上で質問すると、現役のケアマネジャーら九人もが耳寄りな情報を教えてくれた。

 「祖母は認知症の疑いがある」「要介護認定をとり公的サービスの利用を」「病院に行けない場合は往診という手も」「祖父のケアマネにお願いすれば。遠慮はしなくていいんですよ」などなど。実務的な助言から、精神的な励ましまで。おかげで方針を決めることができた。

◆誰も頼れない状況

 問題は「誰が介護をするのか」。父は既にほぼ寝たきりの祖父の介護で手いっぱい。母と祖母はお互いに顔も見たくないほど。伯父夫婦も祖母との関係が悪く、残るのはたった一人の孫の私。引き受けるしかなかった。

 まずは祖母をお風呂に入れることだが、それが大変だった。授業が空く時間に合わせて「きょう入るよ」と約束しても、直前に「気分が乗らない」「立つとふらふらする」「お風呂で転ぶと怖い」と言って、説得に一時間以上かかった揚げ句に断念ということもしばしば。半年後に要介護認定が下りて入浴サービスが利用でき、負担は軽減されたが、食事、洗濯、部屋の掃除は卒業まで続いた。

 それ以外に、週に二回ある医師の往診(内科と精神科)への同席、精神的ケアのための祖母の話し相手などで、日々の予定が、どんどん埋まっていく。授業料の大半は奨学金でまかなったが、家計に余裕がなくアルバイトは辞められない。本を読んだり、映画を見たり、友人と過ごしたり…という普通の大学生らしい時間を失い、常に何かに駆り立てられているような毎日だった。

 介護を拒んだ母に対して、不満がどんどん膨らんだ。とうとうストレス性胃腸炎でご飯が食べられなくなり、ゼミの教授に一カ月の病欠を申し出た。話を聞いてくれた教授はこう言った。

 「お母さまとおばあさまは赤の他人なのでしょう。お母さまが介護を拒むのは仕方のないことですよ」。教授に諭されたものの、気持ちは収まらず、主婦で仕事もない母への不満で、顔を合わせればけんかの日々だった。

◆諦めと孤独 大きく

 介護について、同じ目線で気軽に話せる相手がいなかった。友人との会話の中で、テレビドラマや恋愛の話と同じノリで「おむつ」や「介護保険」の話をしても、盛り上がるはずもなく、びっくりされたり、困った顔をされたりして気まずい雰囲気になるばかり。「もう話すのはやめよう」と思った。

 ヘルパーや往診の医師からはよく「偉いお孫さんねえ」と言われた。正直、褒め言葉はむしろ苦痛だった。優等生扱いされ、抱えている不満さえ吐き出せなくなるからだ。諦めと孤独感がどんどん大きくなり、自分の殻に閉じこもっていった。

 介護を始めて半年が過ぎたころ、途上国関連のNPOの仲間たちの集まりで、初めて介護のことを打ち明けた。もともと「困っている人たちの力になりたい」というメンバーなので、聞いてもらえるかもしれないと思った。

 居酒屋の一角。もらったのは意外な言葉だった。「介護は長男(父の兄)夫婦かお母さんがするべきで、あなたが引き受けるのは普通に考えたらおかしい」。ずっと欲しかった言葉はこれだった、と言われて初めて気がついた。本当は、誰かに「おかしいよ」と言ってもらいたくてたまらなかったのだと思う。初めて寄り添ってもらったことで、心の奥に鬱積(うっせき)していた感情があふれ出し、人目もはばからずに号泣してしまった。

 同じころ、介護に多様な形で関わる人が集まるコミュニティー「HEISEI KAIGO LEADERS」に参加するようになり、仲間の一人から新聞の切り抜きをもらった。若年で家族の介護をする人は「ヤングケアラー」といい、自助グループの集いが横浜で開かれている、という内容の記事だった。

 そうか、私はヤングケアラーだったのか!

 ずっと感じていた苦しい気持ちに名前がつき、なんだかほっとした夜だった。

   ◇

 祖父の介護で心身とも壊れかけた父が目の前で泣いた。祖母の介護を引き受けた大学生(当時)の私は二年間、真っ暗闇の中にいた。社会に埋もれたヤングケアラーたち。私自身の体験を通じ、この問題との向き合い方を社会に問いかける。

 

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