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メルヘンハウスの45年(中) 川原田喜子(文化部)

閉店の日、あいさつする創業者の三輪哲さん(右)と長男丈太郎さん=名古屋市のメルヘンハウスで

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 父子が二人、あらたまって昔話をする機会は、案外少なかったのかもしれない。

 閉店後の四月、本や内装の片付けが進み、がらんとした店内で三輪哲さん(74)が語る日本初の児童書専門店メルヘンハウス草創期の物語。私と一緒に聞いていた息子の丈太郎さん(42)に「知ってましたか?」と尋ねると、照れたように笑った。「いやあ、初めて聞きましたね。会社やめてアメリカに行って、帰ってきて店を始めたっていうのは何となく知ってましたけど」

 哲さんが最初に店の将来のことを切り出したのは丈太郎さんが三十歳を過ぎた十年ちょっと前のこと。「おまえ、店を一緒にやる気はないか」。ちょうどベテランの男性スタッフが辞めた後だった。当時、東京で働きながら続けていた音楽活動が順調だった丈太郎さんは、この時は父の誘いを断った。しかし数年後、思わぬ人の思わぬ言葉で丈太郎さんの人生も絵本と結びついたのだ。

◆店の価値に目覚める

 二〇一二年の冬。名古屋でのライブ活動に合わせ、丈太郎さんは音楽業界の先輩と一緒に店に立ち寄った。プロデューサーやDJとして活躍し、丈太郎さんが尊敬し続けているその先輩は「メルヘンハウス」の名前から、ごく小さなかわいらしい店を想像していたのか、三万冊を超える本が並ぶ店に入ると「すごいな!」と声を上げた。

 本棚を眺めながら「小さいころ、除雪車が出てくる本をよく読んでもらったのを覚えてるんだけど、その本ない?」と尋ね、スタッフが持ってきた『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』(バージニア・リー・バートン、福音館書店)を手に「これ、これ」と子どものような笑顔を見せた。特に絵本や児童書の類いを好むわけでもなく、どちらかといえば音楽一筋のその先輩は、興奮気味に丈太郎さんに言った。

 「感動したよ。おやじさんのやってることは文化事業だな。ちゃんと絵本を選び抜いて、相手が求めるものを提供してる。いいDJって、自分のエゴだけで曲を選んで流すんじゃなくて、その場の雰囲気や相手に合わせて提供する。おやじさんのやり方は、それと同じだね」

 ああそうか、音楽も本屋も根っこは同じなんだ。丈太郎さんは目が覚める思いだった。それまで、ミュージシャンとして自分がつくったものを世に出すことこそがかっこいいと思い、家業の書店にはやりがいを見いだせずにいた。「何で人がつくった絵本を僕が売らないといけないんだ、くらいに思ってましたからね」。音楽の世界で望んでいた生き方はメルヘンハウスでもできることに、先輩の言葉が気づかせてくれた。

 しばらくして、哲さんに電話で伝えた。「店、やるよ」。児童書の出版社にしばらく勤務して現場を学び、営業企画担当として店に入ったのは一四年のことだった。

◆ライブのような反応

 飛び込んでみると、人がつくった本をお客さんにフィットするよう提供する仕事は思った以上におもしろかった。「何歳ですか」「四歳の男の子ですか。どんなことが好きですか」「電車が好きなら、この新幹線のお話はどうですか」。会話を交わしながら、絵本をすすめる。するとライブの観客さながらに、ちゃんと反応があった。

 「この前選んでもらった本が良かったから、またあの人に選んでほしい」と丈太郎さんを指名するお客さん。毎週来てくれるようになった常連さん。「実際にかかわったのは閉店前のたった四年間だけど、少しは良いDJみたいなことが僕もできたかなと思います」。丈太郎さんにとって店で過ごした四年は、哲さんが成し遂げた仕事の偉大さを実感する日々でもあった。

 頻繁に耳にしたのが、来店した親が子どもにかける「ここならどれを選んでもいいよ」という言葉。「メルヘンハウスの本の選び方と売り方は、お客さんに信用されてました。それは、父が四十年以上かけてつくったブランド力。まじめに取り組んできたからこそだと思います」

 「今日はえらく褒めるなあ、おまえ」。今度は、息子の昔話に耳を傾けていた哲さんが照れ笑い。実は、丈太郎さんを店に呼び戻すことに不安と葛藤もあった。「これは世代を超える仕事と思っていて、誰かに継いでもらいたかった。でも子どもには、生き方は自分で決めてほしくて、そういう教育をしてきたから」。だからこそ「最後、やる気になってくれた時はとってもうれしかったですよ」。

 そんな哲さんの表情が曇る。「もう状況が悪すぎた」。丈太郎さんが戻ってきたころ、すでに店の経営はかなり厳しい局面を迎えていた。

 

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