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“官製”から転換、栄再開発 石原猛(経済部)

栄地区の中心部に広がる久屋大通公園(中央右の一帯)=名古屋市中区で、本社ヘリ「まなづる」から

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 当欄で昨年九月に取り上げた名古屋の街づくり。超高層ビルが立ち並ぶ「垂直移動」の名駅地区に対し、再開発で出遅れる栄地区は、買い物や食事を楽しみながら街歩きができる「水平移動」が強みになると訴え、全国のどこに行っても体験できない「名古屋オリジナル」の魅力を追求することが、東京や大阪との時間距離が縮まるリニア中央新幹線の開業後を見据えた鍵になる、とも指摘した。

 「水平移動」と「名古屋オリジナル」の二大テーマにつながるプロジェクトが、動きだしている。南北二キロにわたって幅百メートルの緑地帯が広がる「久屋大通公園」の再整備がそれだ。

 名古屋市は昨年、民間事業者が整備費や維持管理費を負担する見返りに飲食や物販施設の建築を認める国の「パークPFI」制度を活用する方針を決め、民間から公募。大手不動産会社を中心とする民間の二グループが名乗りを上げ、ことし二月、公園の再整備案のプレゼンテーションが行われた。

◆熱くアイデア披露

 「こんな世界に一つしかない場所が実現したら、すてきだと思いませんか?」

 ホールのスクリーンに映し出されたのは、テレビ塔からターザンロープで滑り降りるアトラクションのイメージ写真。三菱地所などのグループのプレゼンでは、名古屋工業大の伊藤孝紀准教授が観客たちに熱っぽく語り掛けた。

 もう一方の三井不動産などのグループは、テレビ塔の正面に「水盤」を整備するアイデアを披露。塔の全景が水盤に映り込む様子を示して「名古屋でしか見られないフォトジェニックな風景になる」とアピールし、双方が名古屋独自のスポットを演出し「世界中から観光客を呼び込む」と意気込んだ。

 歴史をひもとけば、名古屋の街はこれまで、一貫して「官」が整備してきた。

 名古屋が誕生したのは江戸時代初期の「清洲越し」。徳川家康の命で名古屋城が建ち、その南側に碁盤の目の城下町を整備する、「お上」による都市開発が行われた。

 次の転換点となった戦災復興では、旧内務省官僚の田淵寿郎(じゅろう)が、自動車社会の到来を見越し、市街地に縦横の広い道路を整備。点在していた墓地を市東部の郊外に移転させ、全国に三本しかない「百メートル道路」の一つとして、久屋大通公園の原型を造った。

 栄地区の周辺は幅が広い道路と公園が市街地の多くを占め、名古屋市が最大の地権者といわれる。最大の公共スペースでもある久屋大通公園の再開発を民間のアイデアにゆだねることは、官主導での街づくりを積み重ねてきた歴史を塗り替える転換点と言えそうだ。

 前述のプレゼンテーションを受け、久屋大通公園の錦通より北側のエリアは、三井不動産などのグループが再整備と維持管理を担うことが決まった。スポーツを楽しんだり、イベントを開いたりできる五つの広場を整備。緑地の中をゆったりと買い物や食べ歩きをしながら楽しめる街をイメージしており、来年一月ごろ着工し、二〇二〇年夏には新たな公園に生まれ変わる見通しだ。

 栄の市街地に目を転じると、ビジネスホテルとタワーマンションの工事現場が目につく。それぞれの地権者が持つ土地が小さく、名駅地区で行われたような大規模な再開発へのハードルが高いことが背景にある。

 個々の地権者がバラバラに建物を造っていたのでは、街全体のにぎわいにつなげる開発は難しい。江口忍・名古屋学院大教授は「行政の強力なリーダーシップが必要だ」と訴える。一方の名古屋市関係者は「市が旗を振ったところで、民間はついてきてくれるのか」といぶかる。大切なのは、民間の発想と行政による規制のバランスではないだろうか。

 私が大学時代を過ごした京都では、古い建物を保護する規制が不十分で、伝統的な町家が次々と壊されてオフィスビルやマンション、ホテルが建てられた。観光スポットは点在しているものの、街歩きを楽しめる場所は限られており、欧州の歴史都市でよく見る「街全体が博物館」のようにならなかったことを“よそ者”ながら、とても残念に思った。

◆新たな連携を占う

 民間の開発は、街づくりを大きく発展させる起爆剤になるが、リスクもはらむのが実態だ。民間の知恵を活用しようとするほど、行政の「たづな」の重要性も増してくる。

 名駅地区で続いていた再開発が一段落し、建設工事の波は栄地区を含めた名古屋市全域に広まりつつある。新たな官民連携の形が成功するか、久屋大通公園のリニューアルが試金石になるかもしれない。

 

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