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「サリバン」たちの奇跡(3) 添田隆典 (生活部)

みやこ園に通っていたころの森敦史さん

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 見えない、聞こえない、話せない、という三重苦の森敦史さん(26)は、どのようにして文字を覚え、言葉を習得したのだろうか。

 母貞子さん(57)は、まず自分が五十音を指で表現する指文字を覚え、敦史さんに教えようとした。何をするにも指文字で「あ」「つ」「し」と息子の手に触れるから、敦史さんもその感触が自分のことを表している、と認識するようになった。でも、そこで行き詰まった。

 幼少期の敦史さんは地元岐阜市にある「みやこ園」に通っていた。ある夏の日、園長(当時)の伊藤泉さん(76)は、もらい物のキュウリが目につくと、敦史さんを伴い調理場で水洗いを始めた。表面のとげが手に刺さるたび、しかめっ面をするわが子を、一緒に来園していた両親もほほえましく見ていた。

◆包丁を握らせた園長

 伊藤さんはまな板にキュウリを載せ、包丁も握らせた。「やめてー!」。いつもおおらかな父博俊さんが、血相を変えて止めに入ってくる。それでも、構わずに切らせた。キュウリにぐさりと刺さり、敦史さんはニヤリ。両親もほっと胸をなでおろす。でも、まだやめさせない。キュウリに添えた左手もあわや、という近さで包丁が入っていく。凍り付く両親をよそに、伊藤さんは敦史さんの手を取り、手話で「これが、切ること」と教えた。

 別の日にはリンゴ。キュウリより丸くて硬く、簡単には切れない。力いっぱい包丁を入れようとしたところ、とうとう手元が狂って敦史さんの指先が切れた。伊藤さんは動じなかった。「これが血だよ。痛いよね」。止血をする前に敦史さんに血の臭いをかがせ、なめさせもした。他人の血を見て覚えることができない敦史さんには、アクシデントさえ貴重な学びのチャンスだった。

 貞子さんには返す言葉がなかった。目と耳が不自由な中で何かを学ばせようとするなら、体で覚えさせるしかない。その覚悟を問われているような気がした。

 「失敗したからこそ、痛みもわかるし、こうしちゃいけないって学習もできる。もし、目の前に崖があっても、見えなくて聞こえない子には分からない。だったら、崖から落とすことでしか、危険だって教えてあげられないんだなって」

 このエピソードを聞きながらふと、敦史さんが私との取材に「ジャガイモなどは自分で切れます」と、流暢(りゅうちょう)な指文字で答えていたのを思い出した。幼いころの話だから、本人は覚えていないのかもしれない。でも、痛い思いをしながら、ようやくものにしたのが「切る」という言葉だった。

 「洗濯」も同じだった。洗濯かごに入った下着を取り出し、洗濯機に洗剤を入れ、スイッチを押す。貞子さんは敦史さんの手を取って一部始終を教え、洗濯機が回り始めると、振動にも触れさせた。伊藤さんを驚かせたのは、その勘の良さだった。敦史さんは誰に教わったわけでもないのに、おもちゃのブロックを洗濯機の形に積み上げ、「ウォンウォンウォン…」と、かすかな声で振動音をまねする遊びを覚えた。

 下着の手触り、スイッチの感触、そして洗濯機の振動。指先の一連の感覚が、敦史さんに「洗濯」とは何かを教えていた。それが一通り身に付くと、貞子さんたちは指文字で「せんたく」と伝え、言葉の学習に切り替えていった。毎日がその繰り返しだった。

◆体験を指文字に変換

 貞子さんは言う。

 「よく『あいうえお』って指文字で教えたんですかって聞かれるんですが、まずは体験ありきなんです。繰り返し体験する中で子どもなりにいろんな発見があって、学習がいっぱいある。その蓄積がないと言葉は生まれない。『あいうえお』から入って、物の名前を覚えるんじゃない。その逆なんです」

 平日は貞子さんと一緒に近所を散歩し、休日は博俊さんが川遊びに連れて行った。道端で出くわすマンホールでも、川で釣ったザリガニでも、敦史さんが触れて「おっ」と表情を変えたものは、何でも言葉にして教えた。親が普段何げなく見過ごしていた光景は、敦史さんにとっては発見の連続だった。

 後年、視覚障害者を対象とする特別支援学校に進学した敦史さんは野外学習で、どの児童よりも生活力があると褒められたという。それを聞いた伊藤さんの頭に浮かんだのは、調理場に立たせて包丁を握らせた日々だった。卒園までの四年間、敦史さんの心に言葉を宿そうと積み重ねた試行錯誤の数々は、生きていくための血となり骨ともなっていた。伊藤さんは、血の付いたリンゴを「臭いね」と苦笑いして食べた当時を振り返り、貞子さんと互いにこうねぎらったという。

 「あのとき、血染めのリンゴを食べたおかげだね」

      ◇

 ヘレン・ケラーの幼少期を描いた映画「奇跡の人」は、実は家庭教師のサリバンを指している。生来、見えない、聞こえない、話せない、の三重苦で国内初の大学院生になった森敦史さんにも無名の教師たちの献身があった。そんな「サリバン」たちの奇跡を追う。

 

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