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ヨリトフグの肝で販売騒動 木下大資(蒲郡通信局)

水揚げされたヨリトフグ。深さ数百メートルに生息する深海性のフグで、沖合底引き網にかかる(蒲郡漁協提供)

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 「ヨリトフグで食中毒なんて聞いたことない」という漁師の経験知と、「フグの肝を食べてはいけない」という社会のルール。一体どちらが妥当なんだろう。食文化と食の安全の関係について、考えさせられた。

 愛知県蒲郡市のスーパーで一月、食品衛生法で販売が禁じられているヨリトフグの肝臓が売られていたことが問題になった。地元でこのフグは無毒と考えられており、鍋やみそ汁の具材として肝まで食べる習慣が戦前からあったという。だが客の一人が肝の入ったパックを購入して保健所に持ち込み、県が立ち入り調査する事態に発展した。

 「有毒部位の混入したフグの切り身パックについて」。こんなタイトルの報道発表に驚き、取材を始めた。市中心部からやや離れたこのスーパーは、近くの漁港で揚がる魚を手頃な価格で販売し、地元で親しまれてきたという。社長はヨリトフグの肝を「以前から売っていた。食中毒が起きたことは一度もない」と話した。

◆禁止に困惑の声も

 市内の読者から「肝がないと、食う気がしない」「ちょうど買いに行く矢先だった。こんな騒ぎで食べられなくなるなんて…」と困惑する声が寄せられた。「ヨリトフグを丸のまま売っている所もある。あのスーパーだけ悪者にするのはどうか」との声も。処理前のフグを一般消費者に販売することは県条例で禁止されているが、地元ではまったく抵抗感なく流通していた様子がうかがわれた。

 蒲郡には県内で唯一、水深二〇〇メートル以深に生息する深海魚を取る沖合底引き網漁船があり、メヒカリやニギスなどと一緒にヨリトフグが水揚げされる。広く市外へ流通するほどの量は取れないので、漁師町の周辺以外ではあまり知られてこなかったらしい。

 実際のところ、ヨリトフグの肝で食中毒になる危険はどれほどあるのだろうか。

 厚生労働省によると、フグによる食中毒は毎年起こっているが、原因となったフグの種類の統計はない。知識が不十分なまま家庭で調理したケースが大半で、食べたフグの種類や部位を聞き取っても分からないことが多いという。県の担当者は「ヨリトフグによる食中毒は聞いたことがない」と話す。

 沖縄県衛生環境研究所の二〇〇六年の調査では、検体のヨリトフグ六匹のうち一匹の肝臓の溶液を注射したマウスが死んだ。ただ毒の強さは詳しく調べておらず、人体に影響を及ぼすレベルなのかは、はっきりしない。

 フグ毒の主成分テトロドトキシンは、フグ自身が体内で生成するのではなく、毒を含むエサを好んで食べることで、肝臓などに蓄積すると考えられている。東京海洋大の長島裕二教授は、さまざまなフグの肝臓組織を使った実験結果から「ヨリトフグも潜在的にはトラフグと同じように、毒をため込む能力を持っている。肝は食べないのが無難だろう」とみる。

 法律が禁じているものを売ってはいけないことは論をまたない。とはいえ、今まで問題なく食べてきたものを「食べるな」と言われた側は、納得し難いだろうとも思う。フグ規制の歴史を振り返ると、「食べたい」というニーズを受けて安全確保に尽力することで、ルールに例外規定が設けられた例もある。

◆毒性調査し認める

 九州や瀬戸内海周辺で食べられるナシフグは、一九八三年に国が出した通知では筋肉と精巣が食用可能とされていたが、輸入ものの筋肉で食中毒が発生し、九三年にいったん禁止された。長崎県は地元の要望を受けてナシフグの毒性調査に乗り出し、九五年、有明海と橘湾で漁獲されたものに限り、再び販売が認められた。現在も毒性のモニタリングは続けられている。

 香川県も、漁獲海域を確認できる証明書を発行したり、処理業者に毒性検査の結果を提出させたりする仕組みを整え、九八年に瀬戸内海のナシフグの筋肉が解禁された。近年は「讃岐でんぶく」の名でブランド化に取り組んでいるという。

 地域の食文化だから、と言うだけでは安全は保証されない。もしヨリトフグの肝を食べる習慣を続けようとするなら、長崎や香川のような取り組みが必要になってくるだろう。

 騒動の後、ヨリトフグのみそ鍋を出す飲食店を見つけ、注文してみた。もちろん肝は入っていない。

 ぷるぷるした皮のうま味が口の中に広がる。おいしいと思ったが、店主は「本当は肝に脂があって、入れるとコクが出る。もう食べさせてあげられないけど」と残念そう。肝入りの鍋の味はこの先、一部の住民の記憶の中にだけ残っていくのだろうか?

 

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