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星野仙一さんの千夜一夜物語 秦融(編集委員)

楽天監督就任1年目の年賀状は「自分らしく生きてこそ」と星野さんらしい決意の言葉があった

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 記者の数だけ珠玉のエピソードがある。そんなプロ野球監督は他にいないだろう。四日に逝去した星野仙一さん(享年七十)を、千夜一夜物語のような数々の記者の回想録を読みつつ、偲(しの)んでいる。

 ある社の記者がネットに書いた「忘れられない思い出」に中日スポーツの記者だった私も出てきて思わず引き込まれた。第一期中日監督時代(一九八七〜九一年)の最後のシーズン末期のこと。ほぼ全紙が「星野退任」と報じる中で、担当して間もない彼だけ「星野続投」と誤報。その日の朝、星野邸を訪ねたひとこまを描いていた。

◆ミスを挽回させる

 「すでに中日スポーツの星野番記者がリビングに上がりこんでいた。何も収穫のないまま退散となりかけたときに星野さんが言った。『おまえは残っとけ』。中日スポーツの記者を帰らせ、愛車だったベンツの助手席に乗せてもらった」(ザ・ページ、本郷陽一「闘将・星野仙一氏の鉄拳と人情と再建手腕」から)

 そのシーンを私もぼんやりと思い出した。「誤報を叱られるのか」。遊び仲間でもあった彼に同情しつつ見送った記憶がある。だが、車の中では、私が想像もしなかった会話が星野さんと彼との間で交わされていた。

 「『おまえはアホやな。三年も優勝を逃して来年も監督をできるわけがないやろ』。辞任だった。『今から加藤オーナーに会いにいく。全部話してやる。いいように記事にせえや』。星野さんの人情だった」(同)

 思わず熱いものが込み上げてきた。何という優しさか。辞任間際の監督がそんな形で若い記者の失点を救う話は聞いたことがない。慣れない中での取材ぶりをけなげに感じていたのだろう。二十七年も前の真相に涙が出た。

 話には後日談がある。

 実はその時点で、私がいた中日スポーツだけは何も報じていなかった。まだチームは優勝争いをしていた。書けば士気が落ちる可能性もある。知りながら書けない。親会社の新聞ゆえの苦しみ。そこもよく分かってくれていた。

 ほどなく星野さんが選手たちに「辞任」の意向を伝えると、私は次期監督だけは先行すると決意し、高木守道さんの就任をつかんだその日に原稿にした。だが、星野さんに知らん顔はできない。険しい最終関門だった。

 その夜、中日は星野さんを「辞めさせまい」と発奮した選手たちの活躍で、東京ドームの巨人戦に勝って首位広島に三・五ゲーム差と迫った。輪転機が回り始める少し前、名古屋本社から東京の宿舎に震える手で電話をかけると、星野さんがすぐに出た。

 「おう、今日も勝ったぞ。わははは」。そんなふうに始まった。「監督、次は守道さんです」。すでに知っていた星野さんは「そうか。うん。よかったじゃないか」。意を決して告げた。「明日の新聞に書きます」。雷だった。

 「何っ、せっかく盛り上がっているのに、なんで書くんだ!」

◆不都合な報道許す

 なぜ、と聞かれて答えに窮し、とっさに「新聞記者だから書きます」と言った。そうとしか言いようがなかった。一瞬の沈黙。「そうか。じゃあ、書けばいいじゃないか」。ガチャン。しばらく受話器を持ったままぼうぜんとしていた。どう受け取ればいいのか…。「行く(輪転機を回す)ぞ。いいな」。後ろからデスクの声が聞こえた。

 次の日は逆転負け。広島に追いつけず、優勝を逃した。最終戦の翌日、星野さんと高木さんが二人だけでゴルフをするという情報をつかみ、ゴルフ場に向かった。記者は私一人。恐る恐るカメラを構えると、星野さんは「こんなとこまでついて来やがって」と言って笑っただけだった。

 もしかしたら二度目の優勝をフイにしたかもしれない記事を、なぜ許してくれたのか。その年を最後にスポーツ取材を離れて社会部に移ったが、答えのない問いがずっと頭の片隅にあった。

 記者三十五年目になる今も、時々星野さんの言葉を思い出す。キャンプ地で「おい、東京から来たあいつ(他紙のベテラン)のしつこさだけは見習えよ、食いついたら離れへんぞ」。同行取材の米国で「安いネクタイでいい。世話になった人の土産に買っていけ」。厳しい情報統制で「仙のカーテン」とも言われたが、番記者をどこか温かみのある目で見てくれた。

 NHKの番組「ファミリーヒストリー」で星野家のルーツ、出生前に亡くなった父、女手一つで育ててくれた母の苦難の生涯を見た星野さんが、番組の最後にしみじみと語った言葉が印象的だ。

 「人間として、人間を好きで、人間に優しくしろということかなあ。まだまだだけど、両親に教わった」

 偉大な野球人であるとともに、大きな「人間愛」の人だった。

 

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