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福祉農園のトイレ資金集め 帯田祥尚(名張通信部)

資金を募ったクラウドファンディングのホームページ。支援状況をリアルタイムで伝えた

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 事業効率や生産性を高めるための施設整備ではない。「たかがトイレ」。ある人はそう片付けるかもしれない。だが、障害のある仲間たち、あるいは女性にとって、快適な空間で用を足すことは切実な願いなのだ。その願いへの共感と「困っている人の力になりたい」という思いが難題を瞬く間に解決した。

 三重県名張市のNPO法人あぐりの杜(もり)で、心身に障害がある男女十四人が働く福祉農園に多目的トイレを造るために募った資金二百万円。事務局長の井上早織さん(49)が、インターネットで不特定多数の人から小口融資を募る「クラウドファンディング」に目を付けたのは、援助する側がクレジット決済で支援できる手軽さとともに「この問題を多くの人に知ってもらいたい」という思いがあった。

◆劣悪な環境を我慢

 満足なトイレが整備された農園は少ない。あぐりの杜の農園も、上下水道が通っていない山あいにあり、くみ取り式の仮設トイレが三つ。どれも中古品で劣化が著しく、夏は汚水タンクを密閉する弁が壊れて蚊がわき、冬は水が凍結して流せなくなる不衛生に耐えなければならなかった。

 四年前から農園で働く森本爽加さん(23)は「仕事が終わるまで我慢する」と打ち明けた。しかし午前八時半から午後二時半までの就業時間中、ずっと我慢するには限界がある。障害や服薬のためにトイレが近い人たちにとっては健常者以上の負担を強いられる問題だった。

 取材した私自身、認識不足を反省させられた。「農福連携」という言葉を初めて聞いたとき、単純に「良い考えだ」と思った。高齢化で担い手不足の農業を障害者の働く場として生かす。自然の中で生産の喜びを知れば、得られる達成感は格別だろう−と。しかしそれは単なる無責任な「押しつけ」だった。多くの人が働きたいと思う環境なら、そもそも担い手不足など起こるはずがないのだ。

 障害者だけではなく、若い女性や定年で会社勤めを終えた人にも就農を勧めるなら、トイレに象徴される環境不備がまず改善されなければならないはずだ。井上さんがクラウドファンディングを選んだのは、こうした課題を広く世に問うことで「私たちだけの問題じゃない」と訴えたかったからでもある。

 森本さんら就農する障害者の苦境を伝えた、昨年十一月の記事の反響は予想以上だった。あぐりの杜の電話は愛知、岐阜、三重などからの励ましの声で数日間鳴り続けた。続々と寄付が集まり、目標額の二百万円をほどなく達成。サイトのページには寄付した人からの共感の声が連なった。

 「障害のある息子をもつ母として、一番大事にしてほしいところ」という女性。「当方七十歳、年金のおすそ分け」という高齢者。同じく農業に従事する人からは「私自身、畑仕事でトイレに困っていました」。「働く人には働く環境が大切ですよね」という共感…。

 ダウン症の娘と暮らす母親は、サイトに寄せたメッセージの中で今回寄付した理由をこう記していた。

 「娘の十年後、二十年後の将来がどんな世界なのかまだ想像できませんが、障害あるなしにかかわらず、共生して楽しく生活していることを夢見ています。農業を障害者の就労の場の一つとして、選択肢が一つ増えると思うと気持ちが明るくなります」

◆問題が周知される

 国は障害者受け入れのための施設整備に補助金を用意しているが、あぐりの杜は条件面で折り合わず、断念した経緯がある。

 むしろ、それがよかったのではないかと思う。障害者福祉のすべてが「公助」を頼る必要はない。社会の不特定多数の人に「共助」を呼び掛けたことで、「知ってほしい」ことが伝わり、援助を申し出た人とのつながりができたことは、税金では得られない成果だった。

 福祉の現場でがんばっている人の思いと、応援したいと思う人からの援助。双方がネット空間で素早く行き交うことを目の当たりにして、ネットの普及やクラウドファンディングの登場によって福祉や社会貢献のハードルが確実に下がりつつあるということを今回、あらためて実感した。

 大切なのは、自分が役立ててほしいと支払ったお金がどう使われるのかを見届けられ、その結果、応援する側とされる側に交流が生まれることだろう。

 寄付した人には森本さんらの感謝の手紙や農園で収穫した野菜が送られ、トイレが結んだ縁はこれからも続いていく。

 

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