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「共謀罪」に意見書最多の長野 岩田忠士(伊那通信局)

教え子を満蒙開拓青少年義勇軍に送り出した経緯を語る三沢豊さん=長野県伊那市で

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 十四、五歳の子どもたちを戦地に「兵」として送り出す国策に加担し、命を散らせた痛切な悔恨は七十年以上過ぎた今も消えてはいない。

◆治安維持法で弾圧

 今年成立した共謀罪の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法の審議中、国会に届いた「慎重審議」や「反対」を求める地方議会の意見書は、長野県が十五件で全国最多。保守層も含む強い抵抗感は、治安維持法違反で弾圧された「二・四事件」、その反動で全国最多の満蒙(まんもう)開拓青少年義勇軍を旧満州(中国東北部)に送った「癒えない」思いが根強くあるからだろう。

 「満州は日本の生命線だ。広い沃野(よくや)は君たちを待っている」。三沢豊さん(94)=同県伊那市=は、国民学校高等科二年(現在の中二)だった教え子の「昇君」に満蒙開拓青少年義勇軍として満州へ行くよう背中を押した自分のせりふを今も覚えている。

 昇君が農業科を教える三沢さんの宿舎を訪ねてきたのは、ある冬の夕方。義勇軍行きを担任の教師が自宅まで来て勧めるのに困り果ててのことだった。母が病弱で、弟妹は幼く、兄は東京に働きに出ていて、畑仕事を担う自分が満州には行けない、と訴えた。三沢さんに止めてほしかったはずだ。だが、「迷わず行くべきだ」と言われ、昇君は肩を落として夜道をとぼとぼと帰っていったという。同級生八人と満州へ旅立つのは卒業後、一九四二年春のことだった。

 当時の長野県では、教師たちが教え子を義勇軍に行かせるべく駆けずり回っていた。全国八万六千人のうち、長野県は最多の約六千二百人。各校に割り当て人数が示され、「とうとう目標を達成しました!」と同僚が校長に報告する場面を三沢さんも見た。

 少し前の大正期、長野県の教育界には児童の個性や創造性を尊重する「自由教育」が広がっていた。一気に右旋回するのは、二五(大正十四)年に施行された治安維持法がもとになった三三(昭和八)年の「二・四事件」が転換点だった。

 県内で教員二百八人を含む共産党、農民組合の関係者ら六百八人が治安維持法違反容疑で摘発され、新聞は「教員赤化事件」と書き立てた。教育の統制強化のために自由教育で先走る長野が標的にされた、とされている。実際には、非合法な活動とは無縁な、ごく一般の教育熱心な若手教員たちがほとんどだった。

◆軍国主義へと傾斜

 事件を機に、教職員でつくる信濃教育会は軍国主義教育へと傾斜。三七年に、日中戦争が勃発し、三八年には義勇軍の送出が始まった。三沢さんが教師になった四〇年には、ベテラン教員を軍国主義に染まった若手が糾弾する時代になっていたという。

 昇君を満州に送り出した一年後の四三年、三沢さん自身も召集され中国戦線へ送られた。「五族協和」を唱える理想の満州はそこになく、後に手記でこう振り返っている。

 「一日行軍が続き、夕方ある小さな町へたどり着きました。れんが造りの建物を見つけ、一泊することになりました。壁を見ると落書きがありました。立派な漢詩で次のような意味でした。『自分たちは残念ながら、この学舎を立ち去らなければならない。しかし近い日、日本の鬼どもを追い払い、再びここへ戻る日を確信している』。ここは中学の教室だったのです。中学生にまで日本の鬼と書かれる自分たちについて考え込まざるを得ませんでした」

 四六年、復員を果たした三沢さんが勤め先の学校に行くと、校庭の片隅に五、六人の教え子がいて、一人がにらむような目つきで言った。「三沢は許してやる。戦争に行ったから。だがな、戦争に行け行けとあれほど勧めた連中が、今は『あの戦争は正しくなかった』と言っている。そんなばかなことがあるか。死んだやつもいるんだ」。何も言えず、その場を立ち去った。昇君が大陸で命を落としたこと、弟妹たちが悲惨な生活を強いられたことを後に知った。

 葛藤の末に教壇に戻った三沢さんは三十年ほど前、ずっと訪ねられずにいた昇君の墓を初めて参った。落ち葉をかき分けると、漬物石ほどの石が出てきた。「昇の墓」。くぎで刻んだように書いてあった。消えそうになった字を何度もなでながら自分を責めた。

 「国の言うことをうのみにして、満州行きを勧めてしまった。ばかだった」

 三沢さんは、今の世相をこう見つめる。「反動的な空気が強まっているのは心配だが、乗り越えられるのではと思う。昔とは違い、今は流れを押しとどめたり、乗り越えたりする力が育っているから」。言論の自由がなく、戦争協力に背くことを全く許されなかった時代を知る証言者からの重い示唆だった。

 

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