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日比国際児の演劇公演 浅野有紀(春日井支局)

日比国際児の境遇を劇で表現するミツィ・ペティズムさん(右)=愛知県春日井市で

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 「クレイン・ドッグ〜ルーツを探して〜」というミュージカルをご存じだろうか。父が日本人で母がフィリピン人の子どもたち、ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン(JFC=日比国際児)の存在を伝えるため、毎年各地で来日公演が行われている。片言の日本語で演じるのは主に十代のJFCの子どもたちで、フィリピンのシングルマザーを支援する非政府組織(NGO)「ドーン」が、学業優秀な五〜十人を選抜する。滞在中に日本人の父親と会える子もいるが、ごく少数にとどまっている。

◆自分とは何者か

 劇は、JFCが成長するまでを描く。鶴(クレイン=日本人男性)と犬(フィリピン人女性)が運命的な出会いをし、恋に落ちる。やがて鶴は母国へ帰り、犬は白い翼を持つ子を産む。成長した子は容姿でいじめられ、「自分とは何者か」と深く悩み始める。父の居場所を母に問い詰め、実は父が鶴だと知り、自分のルーツをたどりたいと願う。JFCの誰もが直面する現実だ。

 高校生のミツィ・ペティズムさん(17)は、日本へ来るために勉強に打ち込み、生徒会長も務める頑張り屋さん。生まれた直後に父親がマニラへ駆け付け、そのときに撮ったたった一枚の家族写真をキーホルダーにして、どこへ行く時も持ち歩いている。初めて来日した昨年五月、ついに父親と会うことができた。

 仕事で上演には間に合わなかったが、近くの公園に来てくれた。「涙が止まらず、お父さんと抱き合ったの。何で私たちを置いていったの?と聞いたら、『お父さんは日本で仕事があって、フィリピンでは暮らせないんだ』って。それは仕方ないと思う。中学校の卒業写真を見せたら、『お母さんにここまで大きく育ててくれてありがとうって伝えてね』って。初めて会ったお父さんは、優しい心の人だと感じた。別れ際にお父さんが『愛してる』って英語で言ってくれたんだよ。本当にうれしかった。これでやっと私という人間がコンプリート(完成)したって感じた」

 会うまでは、寝る前に父親を思って泣いたり、誕生日が来るたびに「お父さんがサプライズで登場するんじゃないかって期待して、落ち込んで、の繰り返しだった」という。「けど、もう今は幸せ。ハーフの人間として生きていける」

 面会は、ドーンと日本側の支援団体が連携して実現した。ミツィさんの母が知っていた電話番号を手掛かりに父親の勤務先を割り出し、面会を打診すると「会いたい」と応じてくれた。仕事の資料を装って公演のパンフレットを送った。

 ミツィさんは、ドーンの活動を知る前、自力で父親を捜そうと試みたことがある。フェイスブックで異母きょうだいにたどり着いたが、接触は拒絶された。取材に応じた父親も、実はそのことを知っていた。

 「日本の娘は私の弟(叔父)に相談したらしく、弟から聞いた。日本の家族には言わないと決めている。何となく知ったかもしれないけど」。ミツィさんの母親にしばらく援助していたが、会社の経営が傾いてからは途絶えていた。今年もミツィさんに会いに来た父親は「今後、まとまったお金が必要になったときには、援助したい」と話す。

◆かなうのは少数

 今回、ミツィさんと一緒に来日したほかの四人は、ミツィさんが父親と会えたことを心から祝福しつつ、複雑な思いと格闘したことだろう。

 「父親を知らないまま、ハーフとして生きるって本当につらい」と小さな声で話すケイゴ・モサタラ君(18)は、六歳までフィリピンで一緒に生活し、ドライブが楽しかったことをかすかに覚えている。今も車に乗ると思い出す。「将来は、アニメーターになるんだ。お父さんに会えないこの気持ちをアニメにして、日本の人に見てもらいたい」

 二十代のころから協力している支援団体の今川夏如(なつゆき)さん(39)は、十人ほどの面会に立ち会ってきた。ミツィさん親子の例はまれで、多くの父親は「会いたくない」と拒絶し、会うとなっても面会直前できびすを返し、慌てて追い掛けたこともあるという。それでも、実際に会うと「どこか自分と似ている子どもをみると、やっぱり自然と笑顔になる」。中には、父親との面会後、学費の援助を受け、医者を目指して大学に通えた子もいる。

 来日公演は、父親からの資金援助を取り付けるための大人たちの画策では?と考える人もいるかもしれない。だが、子どもたちの言葉は純粋で、「ただただ会いたい」、それだけだ。彼らが前を向いて歩いていけるために、逃げないで向き合ってあげてほしい。

 

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