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西山美香さんの手紙2(8)自白のみで有罪 井本拓志(前大津支局)

弁護団の井戸謙一弁護団長(中)は「指紋など証拠の開示が必要」と訴える=大阪市内で

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 憲法三八条三項にはこうある。

 「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」

 今回の再審請求で弁護人は物証がないこの事件を憲法違反の疑いがある、とも指摘している。

 では、裁判所は何をもって西山美香さん(37)を有罪と認定したのか。一審大津地裁の判決文は捜査段階の供述が「極めて詳細かつ具体的」と指摘した上で、こう述べる。「とりわけ被害者の死に至る様子は実際にその場にいた者しか語れない迫真性に富んでいる」。供述調書には、患者のTさんが死亡する場面が彼女の言葉として劇画チックに語られている。

◆口を開けハグハグ

 「穏やかな顔がゆがみ始め/眉間のしわは深くなり、口を大きく開けてハグハグさせて/目を大きく開け、瞳をギョロギョロさせていた。口をこれ以上開けない程大きく開けて必死に息を吸い込もうとしていた/大きく目をギョロッと見開いた状態で白目をむき/青白い顔で表情もなくなり、死んでいた」

 死の場面を、彼女は法廷の被告席でこう語っている。

 弁護人 殺してないんだったら、Tさんが苦しがってるとこ見てないでしょう?

 被告 (うなずく)

 弁護人 見てないのにどうして言えたのかな?

 被告 苦しがってやる(=いる)というのですか?

 弁護人 うん。

 被告 苦しかったんやろうなと思って。

 弁護人 目を大きく開いてとか、顔がだんだん色が変わってきてとか、看護助手の経験で分かってたの?

 被告 ほこ(=そこ)まで分からなかったけど、そういう感じやろうなというのは思ってました。

 私たちが和歌山刑務所に出した手紙への質問にも、こんな回答をよこした。

 「A刑事にゆうどうさせられて/自分で、だいたい苦しい息ができない時はこんなふうなのかな、と思ったりもしました」

 一、二審とも、説明能力に欠ける彼女の障害(軽度知的、発達)を把握しておらず、法廷での本人の証言を「あいまい」「不自然、不合理」「信用性に乏しい」などと一蹴した。

 供述調書は容疑者からの聞き取りをもとに取調官が書く文書で、本人の語りと正確に一致しているとは限らない。その迫真性が真実と直結するのであれば、取調官の“筆力次第”ということにもなりかねない。死の場面を描いた供述調書には、比喩表現を使った文学作品風もある。

 「呼吸器の消音ボタンの横の赤色のランプがチカチカチカチカとせわしなく点滅しているのが判(わか)りました。あれが、Tさんの心臓の鼓動を表す最後の灯だったのかも知れません」「Tさんのような患者さんには(人工呼吸器の)アラーム音が命の叫びであり、他には消す方法はない」

 再審弁護団はこれらを「取調官(A刑事)の作文にすぎない」と指摘。司法解剖鑑定書に「大脳はほぼ全域が壊死(えし)」とあり、「苦しそうに眉間にしわを寄せたり、口を大きくあけてハグハグさせたり、目を大きく開けて瞳をギョロギョロさせたりすることは、医学的に有り得ない」と疑問視する。

 否認事件こそ、取調官の作文に陥った可能性のある供述調書に裁判官は疑問を持ち、物証の提出を促すべきではないのか。さきごろ、再審開始の決定が出た大崎事件でも、知的障害者の供述を根拠に有罪が確定していた。鹿児島地裁は、客観的証拠の裏付けがないことを決定の理由に挙げたが、憲法三八条を踏まえれば、当然のことだ。

◆指紋も提出されず

 犯行時に彼女が人工呼吸器の本体を移動し、チューブを抜き、さらに消音ボタンを押したというのであれば、指紋が採取されてしかるべきだ。この裁判で不可解なのは、それすらないまま判決が下されたことだ。最低限の物証として、採取した指紋の証拠提出を捜査当局に求めたい。

 =終わり

 <取材経過> 取材班は、西山美香さん(滋賀県彦根市出身、殺人罪で懲役12年、刑期満了で24日出所、再審請求中)が「殺ろしていません」(原文のまま)と350余通の両親への手紙で訴え続けているのを知り、専門家に刑務所での鑑定を依頼。「9〜12歳の知能」「注意欠如多動症」の軽度知的・発達障害が判明した。「自白」だけで有罪になった裁判を今後も検証します。

 

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