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西山美香受刑者の手紙2(7)死体は語る 角雄記(大津支局)

「死者の“声”から死因の特定を」と訴える上野正彦さん=東京都杉並区で

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 ロングセラーとなった著書「死体は語る」(一九八九年)の中で、元東京都監察医務院長の上野正彦さん(88)はこう説いている。

 「生きている人の言葉には嘘(うそ)がある。しかし、もの言わぬ死体は決して嘘を言わない。丹念に検死をし、解剖することによって、なぜ死に至ったかを、死体自らが語ってくれる。その死者の声を聞くのが、監察医の仕事である」。その信念は、約二万体の検視・解剖に従事し、なお一線で活躍する豊富な経験値から導き出された、法医学者としての矜持(きょうじ)でもある。

 上野さんは、被害者とされる入院患者のTさん=死亡時(72)=の司法解剖鑑定書に目を通すと「私なら“窒息”とは書かないねえ」と死因に疑問を呈した。鑑定書の死因は「急性低酸素状態」。つまり、窒息死だ。その理由を「人工呼吸器停止、管の外れ等」と明記した解剖医は法廷でこう証言した。

 弁護人 解剖時に『人工呼吸器(の管)が外れていた』と聞いてましたね。

 解剖医 新聞に載っていましたから。警察官からも説明は多分あった。

 弁護人 他の原因は全く考えられない?

 解剖医 「外れていた」ということで、その可能性が非常に大きいと判断した。

◆管はつながっていた

 だが、「管が外れていた」と証言した第一発見者のS看護師は、裁判の前に「本当は(外れていたか)目で確認していない」と発見時の供述を訂正した。この時点で、「外れていた」という虚偽を元にした鑑定書の「窒息死」は根拠を失っていたはずだ。西山美香受刑者(37)による「計画殺人」という警察の筋書きでさえ、呼吸器の管を抜いて戻したことになっている。なのに「外れていた」を前提にした鑑定書が改められず、最高裁まで独り歩きし続けた。それが、この裁判の見過ごせない問題点だ。

 不思議なことに、「窒息死」の鑑定は裁判でほとんど争点になっていない。なぜか。S看護師が「痰(たん)の吸引」をやったように偽装したことに、一審の弁護団が気を取られたためだ。弁護団は、殺人事件ではなく、死因は「痰詰まり」と主張。その場合、死因の「窒息死」に違いがないため問題にしなかった、とみられる。

 では、Tさんの本当の死因は何か。実は、鑑定書の中に死者の“声”はあった。心停止の原因となる「致死性不整脈」が起きた可能性が高いことを示すデータが、解剖時の血液検査の結果にあったのだ。「カリウムイオン1・5ミリmol/リットル」が、それだ。カリウムは心臓の拍動に大きく影響し、2・5ミリmol/リットル未満で、致死性不整脈を引き起こす可能性が高まる。専門家によると「1・5は、生きているのが不思議なレベル」だという。

 解剖医もカリウム値の低下が心停止を引き起こした可能性を見逃さず、鑑定書には「不整脈を生じ得る」と明記した。だが、「管が外れていた」という話に引きずられて「窒息死」と結論づけ、深く検証した形跡はない。

◆再審請求で最大争点

 “事件”から十四年、遅ればせながら、死因が、大阪高裁で審理中の第二次再審請求で最大の争点に浮上。再審弁護団はカリウム値をもとに「致死性不整脈」による心停止を主張する。

 死亡する七カ月前、植物状態で入院した時のTさんのカルテには「近いうち亡くなる可能性も十分ある」と書かれ、解剖医も所見に「大脳はほぼ全域が(豆腐やヨーグルトを潰(つぶ)したように)壊死(えし)状」「回復する事は全く(100%)有り得ない」と明記。脳死に移行しかけ、臨終を待つばかりの病状だった。

 上野さんに聞いた。もし、この“事件”を担当したらどう鑑定するか?

 「もともとの病気だった慢性の呼吸不全で亡くなったんでしょう。末期患者なら、あちこちの臓器に支障を来し、不整脈を誘因し得る。事件死とは思えない。病死です」

 「チューブの外れ」ありきの鑑定に始まる裁判は、成り立たない。死体は語る−。出発点に戻り、始めからやり直すべきだ。

 <取材経過> 取材班は、西山美香受刑者(滋賀県彦根市出身、殺人罪で懲役12年、23日に刑期満了、再審請求中)が「殺ろしていません」(原文のまま)と350余通の両親への手紙で訴え続けているのを知り、専門家に刑務所での鑑定を依頼。「9〜12歳の知能」「注意欠如多動症」の軽度知的・発達障害が判明した。「自白」だけで有罪になった裁判を検証しています。

 

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