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西山美香受刑者の手紙2(6)偽情報 角雄記(大津支局)

再審請求が大津地裁に棄却され、悲しみに暮れる父西山輝男さん(左から2人目)と母令子さん(左)=2015年9月

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 捜査の立ち上がりから、偽の情報が方向を誤らせた。人工呼吸器をつけたTさんが明け方に絶命していることに気づいた第一発見者のS看護師は、病院にも警察にも「呼吸器のチューブ(管)が外れていた」と事実と異なる報告、供述をした。この一言によって、死因が「窒息」になり“事件性”が芽生えたのだ。

 S看護師が警察に真実を打ち明けたのは翌年、西山美香受刑者(37)が逮捕されたあと。「実際のところは外れているかどうか目で確認していません。勝手に(外れていたと)思い込み、『外れていたならどの程度か』と質問されて返事に困ってしまい、たぶんこの程度だと思って二センチ以内と答えてしまった」などと語ったという。

◆通常は病死が多い

 最初に正直に話していれば、事件にすらならなかった可能性が高い。呼吸器をつけた末期患者が息を引き取れば「病死」が一般的。司法解剖の結果、Tさんは「脳死に移行しかけた」死期の近い状況だった。「外れていた」の一言で、警察は“事件”へと動きだしてしまった。

 S看護師は、なぜ「外れていた」と言ったのか。当直看護師の務めだった「痰(たん)吸引」と関係していそうだ。

 当直の看護師は、のどに詰まった痰を取り除く吸引の処置をすることになっていた。S看護師は、死亡が発見される午前四時半までに、午前一時と三時の二回、痰を吸引したと説明したが、実際はやっていなかったことが同僚の証言で明らかになった。痰吸引を怠った後ろめたさが、とっさに「管が外れていた」と言わせたのではないか。

 Tさんが死亡しているのに気づいたS看護師は「あっ」と声をあげ、看護助手の西山受刑者に、痰が詰まると鳴るアラームが「鳴ってなかったよね」と慌てて聞いた。痰詰まりで窒息したかもしれない、との不安が募り、呼吸器の不具合を装った可能性がある。S看護師は、吸引を怠ったことが気になったのか、死亡後も同僚と痰の吸引をしていた。西山受刑者の獄中手記にはそのシーンが出てくる。

 「なくなられて死後の処置をする前にたんを吸引していたのが気になります。なぜなくなられた人のたんを吸引するのかなぁと思いました」

◆怒り募らせる遺族

 「外れていた」の一言は、回復を期待していた遺族の落胆を、憤りに変えた。

 「息子さんと娘さんがこられて『なんでこんなことになってしまった』と息子さんがすごくおこっておられ、『ゆるさない』と二人ともが言っておられました」(獄中手記)

 遺族が法廷に提出した意見書には、父親の回復を願う当時の思いがつづられる。

 「もう一度話がしたいと何度も念じました。私たちの思いを込めたメッセージ、そして(父が)自ら手入れを行っていた山林にある山小屋から聞こえる様々な音をテープに録(と)り、聞かせました。わらにもすがる思いで神社仏閣へも参拝し、祈祷(きとう)を受けて心のそこから祈りました」(抜粋)

 遺族は「真相を明らかにしてほしい」と再三、警察に要望。鑑定医が「窒息死」としたことで病死の可能性は精査されず、捜査は“事件ありき”で突き進んでしまった。

 ただ、そうだとしてもS看護師のうそを責められはしまい。“事件”の容疑者にされる恐ろしさは、想像を絶するものだ。誰かを陥れようとしたわけでもない。問われるべきは、客観的な事実の積み重ねを軽視し、供述や自白に翻弄(ほんろう)された捜査の手法にある。

 「管が外れていたなら、アラームが鳴ったはずや」

 偽情報をうのみにしてそう責め立てる強引な捜査に、障害のある西山受刑者は「鳴った」と言わされ、その自らのうそによって追い詰められ、「殺した」と口走ってしまう。詰めの甘い捜査側が、彼女の「うそ」を真相と思い込み、虚構の事件をつくってしまったのではないか−。

 ◇呼吸器の管をめぐるS看護師と西山受刑者の供述(×…虚偽と判明)

2003年5月 患者死亡

×「(管が)外れていた」(S看護師)

2004年7月

×「殺害を決心して外し、10分後、S看護師が来てつないだ」(西山受刑者)

×「外して、おむつ交換の後、はめた」(同)

 「実際は目で確認してない」(S看護師)

2005年11月

【一審判決】西山受刑者が外し1分間隔で2回消音ボタンを押し最後にはめた。

◆取材経過

 取材班は、西山美香受刑者(滋賀県彦根市出身、殺人罪で懲役12年、23日に刑期満了、再審請求中)が「殺ろしていません」(原文のまま)と350余通の両親への手紙で訴え続けているのを知り、専門家に刑務所での鑑定を依頼。「9〜12歳の知能」「注意欠如多動症」の軽度知的・発達障害が判明した。「自白」だけで有罪になった裁判を検証しています。

 

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