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西山美香受刑者の手紙2(3)迎合性 井本拓志(大津支局)

拘置所に面会に来た刑事の誘導で「否認は弁護士さんに言われ」と、検事宛てに書いたことを後悔する両親への手紙(2006年2月28日、一部画像処理)

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 既に報じたとおり、この事件は軽度知的障害のある看護助手(資格不要)が、本人の“自白”がなければ誰も知ることができなかった「完全犯罪」を単独でやってのけた、という“ありそうにない”話である。

 それが成り立つためには、捜査側が供述を意のままにできる、という条件が必須だった。

 今年三月、西山美香受刑者(37)=滋賀県彦根市出身、殺人罪で懲役十二年、来月二十三日に刑期満了、再審請求中=から大津支局の取材班に届いた手紙の一文に、私たちは目を奪われた。

 「今となったらA刑事はなんのためにこんなことをしたのか分からないので直接聞きたいことです」

◆面会で刑事が誘導

 西山受刑者はA刑事に好意を寄せ、それが盲目的な信頼に変わっていった。「こんなこと」とは、A刑事に書かされたという「検事さんへ」という上申書(二〇〇四年九月)。逮捕後の勾留中、上申書を書かされた経緯を、両親に宛てた手紙でこう説明している。

 「面会にAさんが来てくれて 今まで通り認めていたら大丈夫やから心配しないでいいと言われて 弁護士さんには殺ろ(原文のまま)していないと言っていると言うと 検事さんあてに『私が否認をしても それは 私の本当の気持ちじゃなく弁護士さんに言われました』と紙に書けと言われ書いてしまいました」(〇六年二月)

 事件が急転するきっかけになった「アラームは鳴っていた」の供述。その後、供述が変わるたびに、ほぼ同じ趣旨の自供書も書かされた。調書と自供書を合わせ、九十四通にも及ぶ異常な状態だった。

 西山受刑者の「誘導のされやすさ」は裁判でも争われた。弁護側は「彼女の迎合しやすさを分かっていて誘導した」と指摘したが、検察側は「A刑事は他人から影響を受けやすい被告の性格を踏まえ、慎重に取り調べをした」と主張。有罪判決は「A刑事による強制や誘導は存在しない」と結論づけた。

 普通の大人なら、検事宛ての手紙が有罪を確固たるものにしたい捜査側の誘導だということぐらい、すぐに分かる。当たり前に察知できるであろうA刑事の意図を、彼女はいまだに理解できていないことを示しているのが、冒頭の手紙だった。

 意図は分からなくても、それが信用する相手の勧めなら従う−。そんな彼女の特性を示す事例は他にもあった。〇六年五月の両親宛ての手紙から見つけた記述には私たち取材班はとても驚かされた。

 「私は病院で辛(つら)い思いばかりしてきてどうする事も出来ずにいてTさんを事故で、殺ろしてしまいました。病院への不満がありました。弁護士さんにも、正直な気持ちを手紙に書きました」

 一転して犯行を認める内容。さらに現在の再審弁護団が保管する、当時の弁護士宛ての手紙も確認できた。

 「前文お許しください。/病院に不満があり、事故に見せかけてTさんを利用して殺ろしてしまいました/かしこ」

◆同房者にも盲従か

 関係者によると、この手紙を受け取って驚いた弁護士が数日後に彼女と面会すると、「同房者から、事実を認めて刑に服した方がいいと勧められて書いた」と話したとされる。

 ちょうどその頃、彼女からの両親宛ての手紙に、その同房者と思われる「お世話をしてくれた人」が登場する。同房者が部屋を変わるタイミングで「せっかく部屋の人と仲よくなれたのに別れるのはすごく辛いです/涙がボロボロ出てきます/悩みを相談したりできたのは、この人だけでした」。この同房者も西山受刑者にとって、A刑事のように「信頼できる人」で、勧めに従ったのではないかと思われる。

 アクリル板越しに行った知能・発達検査で、小出将則医師の「こだわりは」との質問に、彼女は迷わず「井戸先生」と、今誰よりも信頼する主任弁護士の井戸謙一弁護士の名前を挙げた。信頼する人との関係を最優先にする彼女の特性が表れた回答だった。

 井戸弁護士も、彼女の特徴として「目の前の人にものすごく依存する傾向がある。相手が期待するようなことをしたい、そんな人間でありたいというような発想があるんじゃないかと感じる」と話す。井戸弁護士が原発差し止め訴訟にかかわっていることを知り、「原発の勉強をしたいから本を差し入れてほしい」と話したこともあったという。

 人間関係がうまく築けず、深い孤独感の中で育ち、人の気持ちや意図を推し量ることが苦手で、大人の判断ができない彼女にとって、その瞬間に信頼する人に寄り掛かってしまうのは、当たり前のことなのかもしれない。

 「心を許していこうと思ったじんぶつでした」(再審での上申書)。その人が刑事だったことが、悲劇の始まりだった。

 

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