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元名大生事件(3)遺族の気持ち 天田優里(名古屋社会部)

 もし、時計の針を巻き戻せたのなら、彼女は「殺人願望」を矯正し、犯罪に手を染めない人生を歩めたのか。約二カ月の裁判を終えた時、重い問いが私の胸に残った。

◆自分とは感覚のずれ

 最後の被告人質問。検察官が「二カ月間、ずっと下を向いていたが、どんな気持ちだったか」と問い、彼女が「つらかった」と心情を語りだした場面が印象に残る。

 元名大生(長女) 「被害者(の遺族)の言葉を聞くのがつらかった。自分の感覚と被害者(側)の感覚がずれていた。知らなかった苦痛が見えてきてショックを受けた」「森さんがいなくなって(同居の夫に)生活の不便が出ると思うが、そこを感じて怒りが出ると思っていた。でも森さんを失ったことそのものが怒りや悲しみにつながっていると知って、自分が思っていなかったことでびっくりした」

 裁判開始の当初に検察官が読み上げた森外茂子(ともこ)さん=当時(77)=の夫と息子の調書の内容は−。

 「繊維関係の会社をたたみ、のんびり妻と二人暮らしをしていた。(殺された)十二月七日、ゴルフから帰っても妻がいなかった。警察に行方不明届を出した。交通事故にあったか、何者かに連れ去られたか考え眠れなかった。翌々日、探偵を雇って行方を捜した。警察から連絡を受け、変わり果てた妻と対面した。今でも思い出すと涙が出ます。『女の方が長生きするからね』と妻が言って、それを笑って聞いていた。一人で住むのはつらいことです。妻を返してほしい。帰ってくるなら、処罰しなくてもいいと思っています。妻が帰ってこないなら死刑にしてほしい。どんなことをしても、妻は帰ってこない。でも、妻を返してください」(夫の調書=抜粋)

 「どこかで生きているだろうという期待があったが、奈落の底に落ちた。楽しそうに自分のことや父のことを常に明るく話してくれた。母と父は夫婦仲良く理想の老後を過ごしていた。恩返ししなければと思っていたが、恩返しできなくなった。もう会えない。寂しい気持ちでいっぱい。母を殺した犯人を許すことなど一生できない」(息子の調書=同)

 検察官が長女(元名大生)に「家族がいなくなって寂しい思いを想像することは」と聞くと「ぴんとこないです」と答えた。「遺族に申し訳ない気持ちは」という質問には「わからない」と話しただけだった。

 では、自分の家族のことをどう考えていたのか。母親が「娘のそばに居て生活のサポートをしたいと思っていた」と法廷で語った言葉にうそは感じられなかった。法廷に姿を見せなかった父親を仙台市内のアパートに訪ね「娘さんの裁判の件で伺いたいことが」と伝えると、「ごめんなさい」とか細い声で応答し、扉を閉めた。疲れ切っている様子が、その真面目そうな風貌に表れていた。

 夫婦は逮捕の少し前、医学部の社会人聴講生をしている夫の姉に専門家を紹介してもらい、長女と会わせていた。親として、可能な限りを尽くそう、としているように感じられた。

 長女は父親には「しばられた」と反発していたが、法廷で母親のことを「いい人で思いやりがある」と答えながら、高校時代に「殺したい考えが浮かんだ」という。受験勉強での偏差値は高くても、他人の痛みを理解することができないまま成長してしまったのだろうか。

◆反省はぴんとこない

 本人の中でも何らかの葛藤が起きているようにも感じた。自分がしたことについて「早く反省しなきゃいけない気持ちはあるんですけど、心がついてこない。反省はぴんとこない、もどかしい気持ちです」と答えていたからだ。

 高校二年の時、隣の席で長女にタリウムをペットボトルに混入され、ほぼ失明状態になった同級生が出廷し、こう証言した。

 「思い描いていた目標とか夢とかを台無しにされ、自由を奪われ、許せない気持ちでいっぱい。一生刑務所に入ってもらって罪を償ってほしい」。同級生の父親は「同じ目にあわせてやりたい。極刑を望みます。家内の方が私より被告に対しての思いは強い」と被害者感情をぶつけた。

 印象を問われた長女は「ちょっと恐怖感を感じた」と答えた。何に対する恐怖かは「わかりません」。彼女をどう理解すればいいのかという私の問いも、その言葉とともに宙に浮き、行き場を失った。

 もし、事件が生来の障害に起因するとしても、「殺人願望」を持つ彼女が人生の方向を自ら、あるいは周囲の助けで変えることはできたのか。また、今後、更生の道を歩んで社会復帰する道筋を示すことはできるのか。重い「問い」が法廷にのしかかっているように感じた。

 

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