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西山美香受刑者の手紙(下)「発達」「知能」検査 角雄記(大津支局)

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 刑務所の面会室。アクリル板越しに発達障害の傾向を見る検査の設問で、精神科医と臨床心理士は、その回答に目を奪われた。

 「学校の前だというのに、時速60キロも出したりして一体どこへ行くつもりですか?」。白バイ警官に運転者が答える場面で、彼女は「すみません。いつもこれくらいスピード出していてもなにも言われなくて…」と書き込んだ。

 「家族が病気で、とか何か弁解するのが普通。何とも無防備な答え」「不用意なひと言で、さらに窮地になることが想像できていない」。ともに数百人以上にこの検査をした経験から「自分を守ろうとする意識がまるでない答え」と口をそろえた。

◆自白に障害影響か

 「殺ろしていません」(原文のまま)。三百五十余通の手紙で両親に訴えてきた元看護助手(資格不要)西山美香受刑者(37)=殺人罪で懲役十二年、和歌山刑務所に服役、再審請求中=の発達・知能検査を、私たちは弁護団と協力し四月中旬、行った。恩師や家族の取材から、不自然な「自白」に何らかの障害が関係しているのではないか、と考えたからだ。

 「男性の気を引きたいというだけの理由で虚偽の殺人を告白することは通常考えられない」

 二〇〇五年、大津地裁は判決でそう断じた。もしも、障害を伴う未熟な被告であれば「通常」の前提はまるで変わるはずだ。逮捕から二カ月、ことの重大さにそぐわない手紙が両親に届いている。

 「こっち(拘置所)はご飯もおいしいし、おやつがでるし、夏やったらアイスがでるんやで〜/早くさいばんすんで家に帰りたいわ」(〇四年九月)

 次第に大きくなる後悔の言葉もどこか幼い。「やってもいないことをやったといい、こんな結果になってごめんなさい」(〇六年十月)

 臨床の現場で多くの発達・知的障害の人に接してきた小出将則医師(55)=愛知県一宮市、一宮むすび心療内科院長=は、両親との面接、すべての手紙、小中学校の通知表、作文を調べた上で臨床心理士の女性(50)と西山受刑者の発達・知能検査に臨んだ。

 結果は知能が「九〜十二歳程度」で軽度知的障害と判明。不注意や衝動性がある注意欠如多動症(ADHD)が明確になり、こだわりが強い自閉スペクトラム症(ASD)も「強い傾向」が示された。

 小出医師は「ある程度の知的レベルがあるがゆえに、周りが気づかず、“通常”の扱いを受けてしまうゾーン。同じような人は多い」。検査に立ち会った第二次再審の主任弁護人、井戸謙一弁護士は彼女と何度も面会し、手紙のやりとりを続けるが、結果は「意外だった」と言う。一審、第一次再審の弁護人の誰ひとり「障害」に言及していないことが、見た目や普段の会話から判断する難しさを裏付ける。

 検査中、話のつじつまがあわなくなると途端に口ごもり、黙りこくる様子を見た臨床心理士は「十歳前後の子どもは、困ったときにつじつまの合わないうそを後先考えずに言ってしまうことがある。彼女がそうだったとしても不思議ではない」と話した。

 植物状態だった患者=当時(72)=の人工呼吸器のアラームは鳴らなかった。しかし、彼女は刑事に威圧されて「鳴った」と言った。優しくなった刑事を好きになり「鳴った」と言い続け、同僚の看護師が「居眠りして聞き逃した」疑いで厳しく追及された。助けようと、供述の撤回を何度も警察に求めたが拒絶されて追い詰められ、うつ状態になり「私が殺ろしたことにしようと思った」(〇六年四月、両親への手紙、原文のまま)と打ち明ける。

◆筋書きに乗って?

 大人でさえ判断を誤りかねない状況に、もし「パニックになりやすい傾向のある子ども」が置かれたら…。知的障害を伴う発達障害は「パニック状態で判断力を失い、自暴自棄になりやすい」と小出医師は言う。だとすれば、うその「自白」が何をもたらすかの想像力を欠く「無防備な少女」が捜査機関の筋書きに乗せられ、その「うそ」を根拠に裁かれた可能性がありはしないか。

 発達障害者支援法が施行されたのは一審大津地裁判決と同じ〇五年。その十年後、第二次再審請求を棄却した大津地裁の決定は「自白の信用性は、裁判官の自由な判断に委ねられるべき」だと説く。自白偏重の古い体質を改め、支援法への深い理解を踏まえていなければ、その自由は独善にすぎない。

 彼女の障害は決して「まれ」ではない。同じ困難に苦しむ人は誰の隣人にもいる。一刻も早い再審を求めたい。

 

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