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針路なき武器輸出(3)潜水艦の機密 望月衣塑子(東京社会部)

潜水艦「そうりゅう」。日本の技術の粋を集めた機密が満載されている(海上自衛隊ホームページから)

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 国益どころか、むしろ防衛上のリスクを高める可能性さえあったのではないか。そう思ったのは、オーストラリアに潜水艦を輸出しようとしたことだ。

 同国政府が潜水艦十二隻を新たに建造する事業は、日独仏の三カ国が競合し昨年四月、フランスの受注が決まったが、総事業費が五百億豪ドル(約四兆二千億円)に上る巨額の武器ビジネスは、日本の武器輸出として初の大型案件となる可能性があった。

 だが、この事業計画が動き始めていた二〇一三年末ごろの段階では、日本が受注に動くとはまったく思っていなかった。というのも、直接担当する堀地徹防衛省装備政策課長(当時)が「潜水艦は潜れる深さや溶接技術など、機能そのものが国防機密にあたるため、中古も含めて輸出するのは不可能です」と明言していたからだ。

◆特許も取れぬ秘密

 その機密性をある海上自衛隊OBが「潜水艦はハンドルも弁も全部機密の世界です」と言って、説明してくれた。

 「たとえば艦内のパイプのつなぎ手の鋳物は、普通の鋳物技術ではできない。どんなに硬い潜水艦をつくってもこの鋳物技術がすべての潜航深度、爆雷への衝撃耐力を決めてしまう。敵艦が察知できない“音が出ないポンプ”は民間では使っていないもの。特許を申請したらその瞬間に、音が出ない理由もばれてしまうから、特許も取れない秘密の部品なんです。潜水艦用の特殊なリチウム電池も秘密の塊だしね」

 話を聞いたときは、国を挙げて輸出へ動きだすというよもやの展開になっており、彼は「あれを出してしまっていいものなんだろうか」と深刻な顔で黙り込んだ。

 潜水艦の受注へ、追い風が強まったのは、両国のトップ同士の関係があった。建造の中心になる三菱重工業の幹部は「もともと、安倍首相とアボット前豪首相の関係から始まったこと。一企業としてはどうこうできる状況ではなかった」と話した。

 日本側は潜水艦「そうりゅう」型をつぶさに見てもらうためにオーストラリアに寄港させ、共同訓練でも連携して取り組む姿勢をアピールした。風向きが変わるのは、アボット首相が選挙で敗れ、親中派のターンブル首相になってから。中国寄りの政権になってリスクが顕在化すると、さまざまな声が聞こえてきた。

 オーストラリアには一五年時点で中国人の移住者が四十五万人おり、国別の輸出先も、中国がトップ。受注のためになりふり構わなくなった日本側は「日本が選定されたら、(敵に察知されない)ステルス技術を含む機密をオーストラリアと共有します」(若宮健嗣防衛副大臣)とアピールしていたが、機密保護の体制はとれたのか。

 軍事ジャーナリストで潜水艦に詳しい元自衛官の故神浦元彰氏は、何人もの技術者がヘッドハンティングされた原発を引き合いに、懸念を口にしていた。

◆中国に漏れたら…

 「賄賂やハニートラップなどを含めて、中国はその技術が欲しいとなるとあらゆる手を使って日本人の技術者に接触してきます。潜水艦技術を欲しいと思えば、あの手この手で情報の入手をはかるでしょう。潜水艦に備わる高度な技術が流出すれば、日本の国防そのものが危険に追い込まれかねないのではないか」

 受注競争のさなかの一五年、豪海軍の基地にも近い同国北部ダーウィン港を中国企業に九十九年間リースする契約が結ばれると、関係者にも衝撃が広がった。

 国防の危険を冒し、何が優先されたのか。

 近年の軍事戦略上、数週間、連続潜航でき、長距離の射程で発射可能な対艦ミサイル、地上攻撃ミサイルを備え、敵レーダーにも探知されないステルス攻撃ができる潜水艦は欠かせない存在になっている。

 そのため、原子力潜水艦のみを建造している米英を除いて輸出市場には中国、フランス、ドイツ、ロシア、韓国、スウェーデンが割拠し、一五年末時点での契約は四十八隻(ドイツ二十、ロシア四、フランス十一、中国十、韓国三)に上る。市場で盛り上がる巨額商戦に、この機を逃すわけにはいかない、との思惑が機密保持のリスクに優先したともいえる。

 海上自衛隊OBの深刻な言葉が耳に残る。

 「安全保障面で安倍首相の言う“美しい”世界では、日米豪が協力することは重要なのかもしれません。潜水艦の最高機密の共有は『オーストラリアを信じている』というメッセージでもある。でも、一方でオーストラリアは非常に中国に近い。もし潜水艦技術が漏れたらどうするのか」

 日本の最高機密でグレードアップした最新鋭の潜水艦に囲まれる−。受注した暁に、その空恐ろしい仮説が「非現実的」だと言い切ることが、果たしてできただろうか。

 (次回は16日)

 

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