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社会全体で長時間労働撲滅を 三浦耕喜(生活部)

◆「わけあり人材」を生かせ

新入社員の過労自殺をめぐり、記者会見で辞任表明する電通の石井直社長(中)=東京都中央区で

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 世の「わけあり人材」よ胸を張れ。わがもの顔で仕事をせよ。

 介護、子育て、病気など、いろいろな「わけ」があっても、それだからこそ、あなたにしかできない仕事がある。あなたにしか出せない知恵がある。日本人がこの先も生きていくためには、ますます増える「わけあり人材」を生かすほかない。そのためにも、長時間労働とそれを促してきた思想を、この世から撲滅しなければならない。

 ひとごとではいられない。電通の社員だった高橋まつりさんが過労自殺した事件をきっかけに、あらためて長時間労働の深刻さが浮き彫りとなった。生活面のシリーズ「なくそう長時間労働」を担当しているが、自分が生きる道を探る当事者として取材している。

 なぜなら、私自身が「わけあり人材」だからだ。理由は三つある。一つは、自分も過労で倒れた経験があること。五年前、政治部にいた時にストレスに病み、五カ月休んだ。出口の見えない重圧に心がつぶされていく感覚はよく分かる。長時間労働は心身を損なうことを身で知った。

 二つ目は、父親、母親とも要介護であること。そのもようは隔週水曜日の生活面に連載している「生活部記者の両親ダブル介護」に書いているが、時間をやりくりしながら介護をしのいでいる。長時間労働が当たり前という職場だったら、とっくに行き詰まっていたことだろう。

 三つ目の理由は、病気を抱えていることだ。次第に体を動かしにくくなる神経変性疾患「パーキンソン病」との診断を受けている。厚生労働省指定の特定疾患、いわゆる「難病」だ。まだ症状は軽いが、歩く時に足を引きずるようになった。手先もしびれて器用に動かせないので、この記事も右手の指一本で打ち込んでいる。表情筋も動きが鈍いので、さえない顔をさらしている。長時間労働が前提にされては療養はもちろん、生きていくことさえおぼつかない。

 せめて親を送るまでは体が動いてほしいものだが、不運と嘆くとみじめになるので、使命だと思うことにした。いずれも、長時間労働を自分自身に引き寄せて考える核心になっている。

◆介護の問題深刻に

 長時間労働が直接心身に与える影響は言うまでもない。これから深刻になるのは介護だ。介護をめぐっては年に十万人が仕事を辞めているという。残業が前提の働き方では、介護と仕事は両立できるはずもない。

 要介護認定者は六百万人を超えた。団塊世代も介護を受ける年齢期に入ってきた。厚労省の推計によると、認知症の患者だけで二〇二五年には七百万人を超えるという。関わる家族を掛け合わせるだけで、数千万人の日本人が身内に介護を抱える「わけあり人材」になることは容易に想像できる。

 病気との闘いも重い。特にがんは治療技術が進んだ分、闘病の期間も長くなった。命は助かっても仕事と治療を両立できず、がん患者の三割が仕事を失っている。

 子育ても人が生きる上で大切な「わけ」だ。だが、ほぼ半数の女性が出産・育児のために離職している現実がある。長時間労働は男性をも子育てから引き離す。

◆だれも無縁でない

 そう考えれば、「わけ」のない人間がどこにいるというのか。今は「わけなし」でも、生老病死からは逃れられない。人生どこかの段階で必ずだれもが「わけあり」になる。一見「わけ」と無縁でも、その実、子育てや介護の苦労を配偶者や他の家族に丸投げしてはいないか。長時間労働をいとわない「わけなし人材」や、それで事業をなす企業は、他の「わけあり人材」の犠牲の上にあることを知らなくてはならない。

 この先、日本の労働力は間違いなく「わけあり人材」ばかりになる。「わけなし人材」で仕事を組み立てようとしても、成り立たない時代が到来しつつあるのだ。

 では、「わけあり人材」をどう活用するか。これまで「わけあり人材」はメインの仕事から外して軽めの担務に移すことでしのいできたが、それも枠には限界がある。メインの仕事でも、長時間労働をせずに遂行できるよう、仕事の仕方そのものを設計し直す時が来ているのではないか。

 そのためには、顧客や取引先を含め、休むことは命を守ること、長時間労働はさせるのもするのも害悪だという常識を広めなくてはならない。かつてドイツに赴任していた時、「担当者が休暇中」という理由で運転免許の書き換えに一カ月待たされたことがある。不便でも、そうやって互いに休むことを認め合う風土が、この国の豊かさをつくっているのだと感じた。

 これは各企業の自助努力で成し遂げられるものではない。社会全体のルールとして進める必要がある。政府でも働き方改革をめぐる議論が進んでいるが、日本の未来は「わけあり人材」が活躍できる仕組み作りにかかっていることを見落としてはならない。

「ニュースを問う」(毎週日曜)へのご意見は、〒460 8511 中日新聞編集局「ニュースを問う」係へ。メールは、genron@chunichi.co.jp

 

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