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メメント・モリ

第5部「最期を決める」第6部「別れの後で」総集編

人工呼吸器の本体(後方左)から酸素を送り出す管。連載第5部の1回目「呼吸器外し」では、この病院での母親の延命治療の中止を決断した4姉妹の姿を紹介した=滋賀県栗東市の済生会滋賀県病院で

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◆延命中止 曖昧な日本

 いつ、どこで、どのような最期を迎えるのか。見送った家族はその後の悲しみをどうやって癒やすのか。連載「メメント・モリ」第5部「最期を決める」(全七回)、第6部「別れの後で」(全五回)では、延命措置の有無という重い選択に揺れる現場と、死別後の喪失感を乗り越えて生きる遺族の姿を追った。本人の意思を尊重して決めたはずの最期でも、それで本当に正しかったのか、家族は問い続ける。「多死社会」を迎えた日本だが、延命中止の法的な位置づけは曖昧なまま。遺族の悲嘆を和らげる「グリーフケア」も公的支援が整っていない。

◆海外で進む法制化

 終末期医療における延命措置。厚生労働省は二〇〇七年、患者本人の意思や医療チームでの話し合いを基に、医療行為の中止などを「慎重に判断すべきである」とするガイドラインを公表した。今年三月には、本人との話し合いを繰り返し行うことなどを盛り込んだ改訂版をまとめている。

 自分の最期のあり方を自分で決める「尊厳死」を巡っては、法制化を求める超党派の議員連盟があるが、国会での具体的な議論には至っていない。その一方、海外では刑事事件や裁判をきっかけに、延命措置の中止や安楽死の法整備が進んだ例がある。

 米国では一九七六年、東部ニュージャージー州最高裁が、医師の同意を条件に「患者の病状回復が不可能なら、後見人である父親は、生命を維持している人工呼吸器を外す決定ができる」とする判決を出した。これを機に米国内の各地で延命中止に関する法整備が加速した。

 同年のカリフォルニア州を皮切りに、全五十州で事前指示書(リビングウイル)に基づく延命の差し控えや中止が法的に可能になり、医師が刑事訴追されることはなくなった。カリフォルニア州やオレゴン州などでは、安楽死を望む患者に医師が致死量の薬物を処方する自殺ほう助も認められている。

 英国は九三年の貴族院(現在の最高裁)判決で、延命を続けることが患者にとって「最善の利益」にならない場合、措置を中止できるとする判断が示された。二〇〇五年には、判断能力がなくなった人の延命中止を代理決定できる法律が整備された。

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 また、オランダやベルギー、カナダなどは、延命中止にとどまらず、医師が自ら致死薬を投与する安楽死も合法化している。

 アジアでは、台湾が〇〇年、延命措置の差し控えを認める法律を制定。一九年には対象者を終末期以外の重度の認知症などに広げた新法が施行される。

 日本と同様、一九九〇年代から二〇〇〇年代に呼吸器外しを巡る事件や裁判が相次いだ韓国は、延命中止を認める法律を今年二月に施行した。

◆ガイドライン策定、検討会座長に聞く

樋口範雄氏(武蔵野大特任教授)

終末期の延命問題などについて語る樋口範雄・武蔵野大特任教授=東京都江東区で

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 終末期医療や医師による治療行為の中止について、厚生労働省が基本的な考え方や手順を示すガイドラインを二〇〇七年に策定した際、有識者検討会の座長を務めた。富山県にある射水市民病院の医師が、回復の望みがないとされる患者の人工呼吸器を外した事件が前年に発覚したのが契機だった。

 過去に刑事立件された呼吸器外しは、ほとんどが医師が一人で判断していたことを踏まえ、ガイドラインでは医師や看護師など多くの職種を含むチームで治療中止を検討する必要性を強調した。もちろん、前提は本人や代理の家族の意思を尊重することだ。

 ガイドライン公表後は、日本救急医学会などの専門家団体が同様の指針を取りまとめたこともあり、延命治療の中止に捜査機関が介入する事例はなくなった。

 諸外国のような尊厳死の法制化を求める声も根強いが、法律を定めるとなれば、終末期はいつからか、医療ケアチームをどう構成するのか、家族の範囲はどこまでかなど、細かな定義をしなければならない。

 ただ、実際の医療現場の事情はさまざまで、家族状況も複雑だ。結果的に、法の定義から少しでも外れる事例を罰しなくてはならない可能性が出てくる。ガイドラインという緩やかな形の方が良いのではないか。

 今年三月のガイドライン改訂では、終末期の過ごし方を患者や家族、医師が事前に話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」という考え方を強調した。ACPには、在宅や施設などの介護関係者も加わることが期待される。患者本人の意思は変わっていく可能性があるため、医療方針を繰り返し話し合うことが大切だ。

 また、認知症患者など本人が意思を伝えるのが難しいケースも増えており、代理で医療方針を判断する人を事前に決めておくことの重要性も明記した。

 多死社会が進行する中で、自分や家族の最期にどのような治療を望み、拒否するのかを事前に考えたり話し合うことがますます重要になる。

 <ひぐち・のりお> 1951年、新潟県生まれ。74年、東京大法学部卒。東大大学院教授などを経て、2017年から現職。著書に「超高齢社会の法律、何が問題なのか」(朝日選書)など。 

◆認知症でも望む治療 意思確認に工夫を

成本迅・京都府立医大教授

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 自分が望む自分らしい最期。では、記憶や判断力が減退する認知症患者の治療方針は、誰がどう決めるのか。認知症の専門医で京都府立医科大の成本迅(なるもとじん)教授(47)は「伝え方や聞き方を工夫することで、本人の意向に沿った治療が可能な場合がある。分かりやすい言葉で説明し、希望を聞くことが重要だ」と話す。

 認知症患者は質問を理解していなくても「はい」と答えてしまうことがある。このため、成本教授は「治療方針について聞く場合は、イエスかノーかではなく、本人に治療の利点や欠点を語ってもらうことで、理解できているかを見極めるなどの工夫が大切だ」と指摘する。

 成本教授は二〇一五年に「認知症の人への医療行為の意思決定支援ガイド」を作成。患者や家族向け、医療従事者向け、介護者向けの三種類をインターネットで公開している。

 医療従事者には「薬剤や合併症の影響など、医療方針を決める患者の同意能力低下をきたす要因を改善することで、本人の意思決定が可能になることがある」と説明。患者の家族には、早い段階からの話し合いを心掛け、「患者本人ならどんな治療を望むだろうか」と考えるよう助言している。

 厚生労働省も今年六月、同様のガイドラインを作成。家族や医療・介護職のチームが繰り返し支援することや、図表などを用いて複数の選択肢を示すなど、患者の意思を確認する方法が示されている。

 成本教授作成の支援ガイドは、「成本 支援ガイド」で、厚労省のガイドラインは「厚生労働省 認知症 意思決定支援」で、それぞれインターネット検索して、閲覧できる。

◆考える機会、ドラマで 終末期どう過ごす

 終末期をどのように過ごすのか、医師や家族と話し合って事前に決める「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」。各地の自治体や医師会がACPの大切さを伝える市民講座を開く中、岡山市の御津(みつ)医師会は二〇一五年、地元の劇団員の協力を得てオリジナルドラマを制作した。

 「リビングウィル 私たちの選択」と題したドラマは二十五分の動画。九十代の女性が意識不明で病院に運び込まれ、家族が人工呼吸器を着けるかどうかの決断を迫られる−という筋立てだ。

 診察室に呼ばれた家族は医師から「年齢を考えると、今の状況で人工呼吸をやることをご本人さんが幸せと思うかどうか、非常に難しい問題ですよ」と説明を受ける。医師は続ける。「本人が日ごろ、延命治療について何か言っていたことはありませんか」。判断を求められた家族は「どうすればいいのか」「私たちだけじゃ決められない」と頭を抱えてしまう。

 脚本を担当した岡山済生会総合病院救急科の非常勤医・稲葉基高(もとたか)さん(39)は、医師役として出演。ドラマの狙いを「延命治療の是非を問うものではない。なぜ事前に話し合うことが必要なのかを、考えてもらいたかった」と説明する。

 ACPに関する講座などで上映しており、受講者へのアンケートでは九割超が「ドラマを見て家族との話し合いが必要だと思った」と回答。約四割が「すぐに話し合う」と答えた。

 稲葉さんは「急な搬送で家族がすぐに判断できず、本人の意向を無視して治療が始まってしまうこともある。終末期の話を『縁起でもない』ということで終わらせず、身近な人と話すことを始めてほしい」と呼び掛けている。

◆癒やしに公的支援を 宮林幸江氏(東北福祉大教授)

グリーフケアを支える仕組みづくりが必要だと語る宮林幸江・東北福祉大教授=仙台市で

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 愛する人との死別は、残された人に深い悲しみと強い喪失感をもたらす。遺族の悲嘆(グリーフ)は、どう癒やすべきか。「グリーフケア」の専門家に聞いた。

     ◇

 多死社会を迎えるということは、愛する人を見送る遺族が増えることを意味する。死別による悲嘆を癒やすグリーフケアの重要性は、欧米では以前から知られていた。日本では二〇一一年の東日本大震災などをきっかけに広まってきたが、グリーフケアを支える社会環境はまだ不十分だ。

 死別の悲しみは昔からあった。葬儀や法事は、遺族にとって準備が大変な半面、故人を思い出し、悲しみを打ち明ける貴重な機会だった。地域社会のつながりが生きていたため、近所の人や友人が遺族に声をかけ、寄り添うこともケアにつながっていた。

 しかし、近年は地域のつながりが弱くなり、遺族の悲しみを受け止めて癒やす力が失われてきた。葬儀や法事も簡略化される傾向で、誰かが亡くなった事実が知人や近所の人に知らされないことも多い。結果的に遺族が孤立してしまうケースもある。

 以前は同居の祖父母との死別などを通じ、自然に「死」について考え、心の準備をする機会があった。今は核家族化が進み、高齢になるまで身近な人との死別体験がない人も増えた。

 人は死別を経験すると、深い悲しみとともに、強い不安感や無力感を抱える状態が長く続く。グリーフケアでは、まず遺族の気持ちを誰かがじっくりと聞くことが大切だ。遺族は話すことで気持ちを整理でき、感情を表に出して涙を流すことで悲しみを癒やすことができる。

 食欲がなくなったり眠れなくなったりする身体的な症状が出ることもある。専門的な知識を持った看護師や臨床心理士らが症状を聞き取り、場合によっては精神科の診療を勧めることも必要になる。

 日本では、遺族が気持ちを打ち明ける機会や症状を相談する場が少ない。国や自治体が中心となって、グリーフケアの知識を持った人材育成や相談窓口の整備が急務だ。国はグリーフケアを正規の医療行為に位置付け、診療報酬の対象とするなど、政策的に後押しするべきだろう。

 <みやばやし・さちえ> 1953年、福島市生まれ。東京医科歯科大大学院で博士号取得。専門は老年看護、グリーフケア。99年、夫との死別をきっかけに遺族ケアを始めた。2008年、ケアを担う人材を育成する一般社団法人日本グリーフケア協会を設立、会長を務める。 

 

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