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メメント・モリ

第6部「別れの後で」 (4)遺族との語らい

伊吹美恵子さんが結婚前にもらった手紙。夫を亡くし、長い間読み返すことがなかった=名古屋市西区で

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 子どもたちのへその緒と一緒に、押し入れのミカン箱にしまっていた手紙。時間がたち、四枚の便箋は黄色に焼けている。

 「いやな雨が降りつづいていますね。でも私の心はなぜか春日和(はるびより)。神様のいたずらで貴女(あなた)とお逢(あ)いすることが出来た幸せに、きっと心がおどっているからでしょう」

 名古屋市西区の伊吹美恵子さん(69)が二十三歳だった一九七二(昭和四十七)年三月、後に夫となる寿一郎さんにもらった手紙。結婚後も家事や育児で疲れたときに読み返してきたが、その手紙の存在を忘れてしまうほど悲しみは深かった。

 二〇一四年七月二十五日、美恵子さんは寿一郎さんを肝臓がんで亡くした。享年七十四。その前年、「余命は一年」と医師から告げられ、介護ヘルパーのパートを辞めて付き添った。最後の一カ月半は病院に泊まり込んで看病した。

 覚悟を決め、後悔のない最期を迎えたはずだった。でも、思い出が詰まった自宅に一人でいると胸が締め付けられた。夜、物音を感じて起き上がり、誰もいない玄関で「やっぱりパパはいない」と泣いた。実家を訪ねてきた長男に「パパは何で帰ってこないの」と聞き、「死んだんだから当たり前だろ」と心配されたこともあった。

 死を受け入れられないまま一年半が過ぎたころだ。外で人に会うときは悲しみを出さずにいたが、自分よりも早く夫を亡くした友人に「あなたも大変でしょ。一度来てみたら」と声を掛けられた。配偶者と死別した人たちが思いを語り合うグループ「エージレス・ネットワーク」。名古屋市内のビルの一室に、四十人ほどが集まっていた。

 「夫や妻を亡くしたのに、みんなすごく元気だな」。美恵子さんは自分はまだそうなれないと思い、気持ちをしまっていた。だが、三回忌が近づいた一六年六月、抱えてきた悲しみが一気に噴き出し、感情を抑えることができなくなった。

 思い出したくないのに、夫が苦しむ姿がよみがえる。ご飯を食べていても、部屋でくつろいでいても頭に浮かび、そのたびに涙が止まらない。どうしようもない気持ちになり、グループの会合の帰り道、メンバーの女性に打ち明けた。「私、おかしいのかな」

 自分よりも年が若く、六年前に夫に先立たれていた女性は「命日が近づくと、みんなそうだよ。時間がたてば落ち着くから」と答えた。「あの一言で、私だけじゃないんだ、自分は普通なんだと思えるようになった」。美恵子さんは振り返る。

 この日を境に、美恵子さんは思いを語り始めた。「最期はとても苦しんでいた」「夫のことを思うとつらくなる」…。話していると涙があふれたが、他のメンバーも自分の経験を話しながら同じように泣いていた。打ち明けて涙を流すことで悲しみは薄れ、今では逆に「あなただけじゃないよ」と声を掛けてあげられる。

 夫の四回目の命日が過ぎた先月二十九日。美恵子さんは次男の妻の誕生会で自宅に集まった家族に、ミカン箱にしまっていた手紙を見せた。「父ちゃん、こんなところがあったんだな」。長男は驚いた。

 悲しみを乗り越えた今だから、静かな心で読み返せる。「私が死んだら、この手紙を棺おけに入れてね」。美恵子さんは二人の息子にそう伝えた。送り主の夫には心の中で「一人でも大丈夫。心配しないで」と話しかけている。

 連載にご意見をお寄せください。〒460−8511(住所不要)中日新聞 社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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