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メメント・モリ

第6部「別れの後で」 (3)告知 自問の日々

昨年の夏に母のがんが分かった病院の前にたたずむ女性。亡くなるまで告知はしなかった=静岡県で

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 母を看取(みと)って三カ月。新盆を迎えても、長女(60)の疑問は膨らんでいる。「もう長くないと知っていたら、母さんは最後にやりたかったことがあったのかな?」。遺影に尋ねても、返事はない。

 八十六歳で亡くなった母が末期の大腸がんだと分かったのは、昨年の夏だった。病院が嫌いでなかなか診察を受けず、体の不調を訴えて半年以上が過ぎたころ、長女らの説得でようやく重い腰を上げた。静岡県の自宅近くにある総合病院。検査をした医師は言った。「手術は難しい。お母さんへの告知を含めて、よく話し合ってください」

 長女のきょうだい三人が集まった病院の個室。「事実をきちんと説明したほうがいい」との思いがなかったわけではない。ただ、年老いた両親が本当のことを知ったら、ショックで立ち直れなくなるのではないか。「だから、告知はしない」。それが結論だった。訪問看護を受けながら自宅で看取ることも、話し合って決めた。

     ◇ 

 事情を知らないまま退院した母は、定期検査のたびに「なんで良くならないんだろう」と尋ねた。それでも、長女らが「どうしてだろうね」と話をそらすと、それ以上は聞き返そうとしなかった。「本当のことを知りたい気持ちと知りたくない気持ちの間で、揺れていたんだと思う」。長女は生前の母の気持ちを推し量る。

 「一日でも長く元気でいてほしい」。それがきょうだいの願いだったが、年が明けると容体が急激に悪化した。手足がむくみ、食事もほとんど受け付けない。「母さんはどうなってしまったんだ」。父はうろたえた。「聞いてないんで、分からないよ」。長女はとぼけるしかなかった。

 「やっぱり、本当のことを伝えたほうがいいんじゃないか」。不安げな両親の姿を目の当たりにするたびに、長女の思いは強まった。だが、回復が見込めない段階での告知に、どんな希望が持てるだろう。そう思い直し、口をつぐんだ。

     ◇ 

 その自分が正しかったのか、長女は今、分からずにいる。がんであることを伝えたら確かにショックを受けたと思うが、母は生きる気力まで無くしてしまっただろうか。

 退院後は体調が優れないにもかかわらず、趣味で集めた端切れをポーチに仕立てていた。「処分しなきゃ」。死が近づいていることに気がついていたのか、端切れを手に取りながらそう言っていた。

 自分の最期を知ったとき、これだけはやっておきたいということが、他にもあったのかもしれない。余命の中で、それをかなえることができたのかもしれない。母に聞くことができない今、答えが出ないことは分かっているが、長女は「その機会を奪ったのは自分たちではないか」と問い続けている。

 連載にご意見をお寄せください。〒460−8511(住所不要)中日新聞 社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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