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メメント・モリ

第5部「最期を決める」 (4)一人きりの認知症

胃がんを患い最期が近づいている女性は、亡くなった娘や音信不通の息子の絵を写真を頼りに描いた=北海道函館市で

写真

 「今朝のごはんは、お米とお吸い物と…。豆腐の何かだったな」

 五月下旬、北海道函館市にある高齢者グループホーム。十数人が入居するこのホームで六年前から暮らしている女性(80)は、中程度の認知症と診断されている。自分の生まれた場所や名前、昔の経験などは覚えているが、最近会った人や見聞きした出来事を思い出すのは難しい。

 ホームでは個室で野球や相撲をテレビ観戦し、気が向くと絵を描いて過ごしている。壁には、鉛筆で描き上げた作品がところ狭しと張られている。

 元気そうに見えるが、女性は胃がんの末期だ。昨年の秋ごろ、腹部の痛みを訴え、年が明けて腫瘍が見つかった。本人に病名は告げられていない。

 「余命は一〜二カ月。残念ながら最期は近づいている」。今年から月二回ホームに通い、女性を診察する函館稜北病院の堀口信(まこと)医師(65)が明かす。「その時に向けてどんな医療を施すのか。延命治療はするのか。認知症の本人だけでは決められない」

 患者自身に十分な能力や意識がない場合の代理判断。本来は配偶者や子どもといった家族が担うが、堀口医師が本人やホームのスタッフに聞いていくと、女性にはその役割を果たす近親者がいないことが分かった。

 個室の棚に、分厚いアルバムが置かれていた。手に取った女性は迷うことなく、あるページを開けた。「これ、娘の小さいころね」。セピア色の一枚には、小学校入学を待つのか、ランドセルを得意げに背負う少女が写っている。だが、女性は続けた。「今年の春、一周忌だった。おっぱいのがんだった」。生前はホームによく顔を出してくれていたという。

 夫とは、かなり前に死別。子どもは娘のほかに息子がいるが、絶縁状態だ。ホームによると、亡くなった娘の夫が女性の入居保証人になっているが、終末期については「自分には決められない」と代理判断を拒否している。

 「最終的には、われわれ病院側が決めていくしかないだろう」。堀口医師は、そう覚悟している。「でも、認知症だからといって、本人の人生や思いを切り捨てることはできない」

 決して裕福ではない農家に生まれた女性。幼いころは学校を休んで畑仕事を手伝い、夫を亡くした後は、細い体で工事現場に出て生計を立ててきたという。

 末期がんを告知していないのは、女性が以前の診察で「詳しい病気が分かっても知りたくない」と言っていたからだ。「痛いの、苦しいのは嫌だ。病院は嫌だ」と繰り返す言葉からは、大きな手術や回復見込みのない延命は望まず、できるだけホームの自室で過ごしたいのだろうと推し量れる。

 六月に入り、女性は胃がんが原因とみられる貧血で入退院を繰り返すようになった。堀口医師は言う。「本人が何を望むのか、最後まで丁寧なやりとりを続けなければならない。今後、こういうケースは全国で爆発的に増えていく」

 国の二〇一四年の調査では、一人暮らしの六十五歳以上の17・8%が、病気になった際に頼れる人を「いない」と回答した。一二年に高齢者の七人に一人、四百六十二万人だった認知症患者は、二五年に約七百万人に達し、五人に一人となるという。

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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