トップ > 特集・連載 > メメント・モリ > 記事一覧 > 記事

ここから本文

メメント・モリ

第5部「最期を決める」 (3)老いるニュータウン

住民の高齢化が進む「千里ニュータウン」。単身世帯や認知症の増加などで、病院では患者の意思確認が難しくなっている=大阪府吹田市で

写真

 大阪で震度6弱の地震があった十八日、ソーシャルワーカーの岩間紀子さん(48)は勤務先の病院で負傷者の対応に追われていた。通常の外来患者は一階、地震の負傷者は地下に案内し、医師による手当ては夜まで続いた。

 その四日前、岩間さんは同じ建物の地下から、身寄りのない高齢者の遺体を見送った。黒いスーツ姿の葬儀会社の男性は死亡診断書を受け取ると、慣れた手つきでストレッチャーを車に積み込んだ。遺体は八十九歳の女性。車が発進すると、岩間さんは二度、深々と頭を下げた。

 女性が住んでいたのは、日本初のニュータウンとして大阪府吹田市、豊中市の丘陵地に開発された「千里ニュータウン」。岩間さんが勤める大阪府済生会千里病院もそこにある。一九六二(昭和三十七)年のまちびらきから五十六年。若者たちは街を離れて親世代の高齢化が進み、六十五歳以上の人口が30・1%を占めている。超高齢社会が到来する将来の日本の縮図のような街だ。

 千里病院の救命救急センターに運び込まれる患者の中には、独居や身寄りのないお年寄りもいる。岩間さんが遺体を見送った女性は、自分で病院まで歩いてきて、院内で倒れた。「おなかが痛い」。最初は話ができたが、処置中に血圧が低下。手押し車から親族につながるものを探したが、手掛かりがないまま死亡した。

 六軒に一軒が高齢の単身世帯。夫婦が二人とも認知症の世帯。病院の周りには、かつて「最先端」と言われた街とは異なる風景が広がる。救命救急センターに運ばれて家族に連絡を取りたくても、子供たちは離れた街で暮らしている。

 センターの伊藤裕介医師(39)はそんなニュータウンの現状を「死にたくても死ねない地域」と表現する。患者本人が終末期に何を望むのか、確認ができないまま治療を進める現状に危機感を抱いているからだ。延命を求めていないとしても、救命医は第一に命を救う責務を負う。上司の沢野宏隆医師(48)は「年齢が八十であろうと九十であろうと治療する」と話すが、意思確認の難しさは伊藤医師と同じように感じている。

 千里病院には昨年秋、八十五歳の独居の男性が低体温症で運び込まれた。命は取り留めたものの、認知症があり、本人の意思を聞くことが難しい。親族をたどったが、ほとんどが亡くなっており、ようやく連絡が取れた遠縁の親類は「そんな人は知りません」と答えたという。

 ソーシャルワーカーの岩間さんは、男性の今後を決める院内の話し合いで「気管切開で痰(たん)を取りやすくすれば、長期で転院を受け入れてくれる病院がある」と提案した。だが、医師からは「本人の同意がないのに、声が出なくなる手術はできない」と断られた。

 その岩間さんも、男性が何を望んでいるのか分からずにいる。「私は医師とは別の立場で『こうやったら長生きできる』と言える仕事に就いている。でも、それは人の命をむやみに永らえさせることになるのではないか。そう考えてしまうこともある」

 男性は鼻から胃に入れたチューブで栄養を取り、点滴をしながら千里病院に入院している。意識はあるが意思の疎通はできず、見舞客が来ない病室で生きている。

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞 社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索