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メメント・モリ

第5部「最期を決める」 (2)宙に浮いた要望書

障害者用のパソコンを使い、照川貞喜さんが2007年にまとめた治療方針についての要望書=千葉県勝浦市で

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 今はもう、笑うこともできない。全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病を患う照川貞喜(さだよし)さん(77)は、千葉県勝浦市の自宅のベッドに人工呼吸器を着けて横たわる。「今、どう思ってるのかね。本当に聞いてみたい」。見開いたままの夫の目に目薬を差し、妻恵美子さん(75)がつぶやいた。

 貞喜さんは一九八九年、四十九歳のときに筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した。症状が進み、ほぼ寝たきりになった二〇〇七年十一月、周囲に自分の意思を伝えられなくなる将来を案じ、頬の動きで操作するパソコンを使ってA4用紙九枚の要望書を書いた。

 「意思の疎通を図れなくなったら、私の希望通り苦しまないようにして呼吸器を外して死亡させて頂きたく、事前にお願い申し上げます」

 恵美子さんと長男、長女、次男が署名した要望書に、貞喜さんは「関係者を刑事訴追しないでください」とも書いた。前の年、富山県の射水市民病院で医師が患者の人工呼吸器を外したことが明らかになり、県警が捜査を始めていた。

 警察官だった貞喜さんは自分の意思を書き残すことで、医師が罪に問われることはないと考えた。「呼吸器を外す選択を社会に認めてほしいと思っていた」。当時の主治医、小野沢滋さん(54)は、要望書に込めた思いを本人から聞いていた。ただ、病院の院長は「呼吸器を外せば、医者が逮捕される恐れがある」と難色を示し、記者会見して「社会的な議論が必要だ」と訴えた。

 貞喜さんと同じように延命治療を拒否しながら、意思がかなわなかった患者は他にもいる。〇六年、意識不明で岐阜県立多治見病院(多治見市)に搬送された八十代の男性。延命を望まないと書き残していたが、「国の指針が明確ではなく、医師の責任を問われかねない」との当時の院長判断で呼吸器を外されなかった。

 「これだけ患者が準備しても、思うように最期を迎えられないのか」。多治見病院の救命救急センター長だった間渕則文さん(59)は、患者が望む最期を迎える難しさに直面した。

 厚生労働省は〇七年、本人の意思や医療チームでの話し合いを基に医療行為の中止などを「慎重に判断すべきである」とするガイドラインを公表。今年三月、本人との話し合いを繰り返し行うことなどを盛り込んだ改訂版をまとめた。

 「呼吸器を外して…」という貞喜さんの思いを知る元主治医の小野沢さんは「今は手順を踏めば立件されることはないと思うが、リスクはある」と話す。安楽死や延命中止を認める法律はオランダやカナダ、米ワシントン州などにあり、韓国でも今年施行された。日本には尊厳死の法制化を求める超党派の議連があるが、国会での具体的な議論には至っていない。

 貞喜さんは三年前、パソコンを操作する最後の手段だった頬も動かせなくなった。周囲と意思疎通が図れなくなった今も、人工呼吸器で生きている。妻の恵美子さんは希望通りに外してあげたいとも思うが「主治医の先生にもしものことがあったら…」。立件への不安がつきまとう。

 五十二年連れ添った夫。「いなくなったら、寂しい。でも、痛くても苦しくても、何も訴えることができないつらさを思うと、かわいそうでね」。四十分おきの目薬の時間を知らせるアラームが鳴り、ベッドへ向かった恵美子さんは、「私自身も揺れている」と話した。

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞 社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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