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メメント・モリ

第4部「自分を遺す」 (1)遺贈寄付

石川好枝さんの遺言。子どもと親のための医療施設への寄付を言い残している=横浜市で(一部画像処理)

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 二〇一二年二月。横浜市の弁護士熊沢美香さん(40)は、生前整理の相談を受けていた石川好枝さん=当時(76)=から思いもよらぬ電話を受けた。大動脈瘤(りゅう)で入院し、手術を控えていた石川さんは「遺言を残したい」と静かな声で告げた。

 集中治療室(ICU)のベッド。熊沢さんが到着すると石川さんは体を起こし、ボールペンを執って便箋に向かった。身の回りの世話をしてくれたヘルパーの女性(66)に遺産の扱いを委ねる遺言だったが、その日の夜、日記をつけていた大学ノートを一枚破り、委ねる遺産の使い道を一人で書き足した。

 石川さんは三重県にある看護学校を卒業後、神奈川県内の病院に六十歳まで勤めた。脳性まひの小児病棟で働いたことがあり、退職後は難病の子どもと家族をケアする「子どもホスピス」に関心を持っていた。関係する新聞記事を切り抜き、熱心に読んでいた姿を熊沢さんは覚えている。

 大学ノートを破った遺言には、遺産の使い道の一つに「子ども医療センターの親子のための施設」と書いてある。「書き加えたけれど、無効にならないかしら」。熊沢さんにもう一度電話をして伝えた。それが最後になった。

 翌日の手術後、石川さんの意識は戻らず、六日後に息を引き取った。

 「遺贈寄付」。生前の財産を遺言などにより、親族以外に贈ることをそう呼ぶ。独り身の高齢者や子どもがいない夫婦の増加とともに増え、寄付の窓口を設けている日本財団には一五年度、三年前の三倍に上る百五十件の相談が寄せられた。財団のアンケートでは、六十代以上の五人に一人が遺言での寄付について「したい」「関心がある」と答えている。

 国境なき医師団への昨年の遺贈は、一四年の六十九件から九十七件に増えた。やはり単身者の増加などが背景にある様子だが、担当する荻野一信さん(46)は「海外の紛争ニュースに自身の戦争体験を重ねて、死後の寄付を決めた人もいる」。日本盲導犬協会の吉川明理事(66)は「高齢でボランティアに行けない方が、何かしたいと考えた結果ではないか」と話し、東日本大震災が増加のきっかけになったと感じている。

 石川さんは生涯独身で、子どもはいなかった。ぜいたくを好まず、洗濯機は「すすいだ後の水を残しておけば、もう一度洗える」と、昔ながらの二槽式。外出にはつえが欠かせなかったが、もったいないと言ってタクシーは使わなかった。「そうやってためたお金だった」。ヘルパーの女性は振り返る。

 熊沢さんとヘルパーは石川さんが亡くなって一年余りが過ぎた一三年三月、遺産の二千五百万円を横浜市南区の「リラのいえ」に贈った。神奈川県立こども医療センターで闘病する子どもを見舞う家族のための宿泊施設。事務局長の田川尚登(ひさと)さん(60)は寄付を元手に、子どもホスピス建設への募金活動を始めた。自身は若いころ、六歳だった娘を病気で亡くしている。

 「日記も写真も、私が死んだら全部処分してほしい」。熊沢さんは生前の石川さんの言葉通りに遺品を片付けたが、亡くなる一年八カ月前にもらった手紙は今も持っている。小児病棟で働いていた日々を振り返り、「子どもたちへ至らなかった分、いま出来ることがあればと思うのです」とつづってある。

 その思いを知る熊沢さんは、ホスピス建設プロジェクトの理事に就いた。石川さんが遺(のこ)した願いは、早ければ二年後に実現する。

      ◇ 

 自分の死後のあり方を生前に決める人が増えている。多死社会の中で遺志はどう示され、どう継がれるのかを取材する。

 (この連載は全五回です)

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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