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メメント・モリ

第3部「遺品の行方」 (5)家じまい 

自分が亡くなった後の子どもの負担を考え、住み慣れた家を売ることにした女性=愛知県犬山市で

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 車一台がやっと通れる坂道の途中に、その家はある。愛知県犬山市、青い瓦屋根の平屋。今は空き家だが、昨年の夏まで高齢の女性(81)が一人で住んでいた。

 玄関には女性が作った切り絵や、昨年八月で止まったままのカレンダーが掛けられている。重ねた食器でいっぱいの戸棚や布団が詰まった押し入れ。女性は仏壇にある両親の位牌(いはい)と遺影を持ち出し、市の相談窓口を通じてこの空き家を売却する。

 一九七二(昭和四十七)年、勤めていた自動車部品会社の融資制度で建てた家。庭にヤマボウシを植え、夏は木陰でコーヒーを楽しんだが、昨年七月末に体調を崩したのをきっかけに、愛知県安城市へ嫁いだ娘のもとへ身を移した。

 夫とは随分前に別れた。娘は自宅を持っており、犬山市の空き家は「いらない」と言っている。「私がいなくなった後、子どもが片付けなくてもいいように」。売却を決めたのは、自分の死後に残る家を、生前に自分で整理するためだ。

 家じまい。一般社団法人「心結(しんゆう)」(兵庫県西宮市)の屋宜(やぎ)明彦代表理事(38)は、高齢者が晩年に自宅を手放すことや、両親の死後に残った家を遺族が売ることをこう呼ぶ。不用品回収や遺品整理業に長く携わってきたが、高齢者本人や家族が「家はどうしよう」と話すのを五〜六年前から聞くようになった。

 心結には月に六十件ほどの相談があり、その半分が生前の家じまいに関する内容だ。「子どもに迷惑をかけたくない」「自分のことは自分でやりたい」。実家を出た子どもと離れて暮らす高齢者が抱えている思い。屋宜代表理事は「単身の高齢世帯の増加や終活の広がりなどで、生前の売却はさらに増えるだろう」と予測する。

 犬山市の女性は、両親と姉をみとった経験がある。遺品整理は業者に頼んだが、費用がかさんだ。娘に負担を掛けないように、家財道具の整理も生前に済ませる。築四十六年の家は、隣接地に残っている両親の家とともに、市内の借家に夫婦で住む男性(72)が購入する。

 売却額から手続き費用や荷物の処分代などを引くと、女性の手元に残る額は「来年、成人式を迎える孫娘の着物を買えるくらい」。担当の不動産業者には「安い、高いじゃなくて、売れるだけでもいい方です」と言われた。家屋は、周囲に商店などがない山のふもとに立っている。

 昨年の暮れ。女性は娘の家から犬山市に戻り、新しい年を一人で迎えた。「この家で過ごす最後のお正月になる」。床の間にはいつもの年と同じように、富士山とタカ、なすびを描いた切り絵を飾った。昔、遊びに来た孫たちに手料理を振る舞った居間の座卓。台所の鍋やまな板。離れる前の暮らしや思い出が、そのまま残っている。

 「くよくよ考えても仕方がない」。女性はすべてを片付けて、娘の家で暮らしていく。三月、購入を決めた男性との打ち合わせで言った。「これで子どもも安心します」

 =終わり

 (取材班=青柳知敏、山上隆之、小笠原寛明、杉藤貴浩、鈴木あや、五十幡将之)

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