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メメント・モリ

第3部「遺品の行方」 (3)ユーズド・イン・ジャパン

マイクを持つ競り人の威勢のいい声が響くオークション会場=マニラ首都圏モンテンルパ市で

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 フィリピンのマニラ首都圏モンテンルパ市。二月二十八日、蒸し暑さで汗ばむ倉庫の一角に、競り人の威勢のよい声が響いた。「二百ペソ、二百五十、三百…」

 約五十人のバイヤーが、それぞれに振り分けられた番号を掲げて目当ての品を競り落としていく。オークションにかけられた家具や家電、台所用品など約千点は、いずれも日本からの中古品。その九割近くが、横浜港から船で輸出された日本人の遺品だ。

 オークションは、現地に本社がある運営会社リサイクルパークジャパン(RPJ)がマニラ近郊の三カ所で開いている。モンテンルパ市では週二回。以前は日本で使われた中古のブラウン管テレビなどの輸出と輸入を手掛けていたが、四年ほど前にオークション業に乗り出した。

 きっかけは、不用品の回収業者が千葉市にあるヤードに運び込むリサイクル品の変化だった。「遺品整理で出される品物が急増した。引っ越しなどの不用品とは量がまるで違う」。RPJ日本責任者の曽根順子さん(47)は搬入される品物を通じ、核家族化や無縁化などによる遺品整理の需要の高まりを感じていた。

 集まった遺品や中古品は四十フィートのコンテナに積み込まれる。長さ十二メートル、高さ二・六メートル、幅二・四メートルの大きさで、四トントラック三、四台分の量。千葉市から陸路で横浜港に運び、月に四十〜六十個をフィリピンに輸出する。一個当たり約七十万円の輸送費がかかるが、オークションではその倍の売り上げがあるという。

 モンテンルパ市のオークション会場で競りに参加していたビセンテ・アルベルトさん(66)は、「ジャパン・ストア」と名付けたリサイクル店を営んでいる。落札価格と店での売値は「五千ペソならば八千ペソ。一万ペソならば一万五千ペソ」。一ペソは日本円で約二円。一枚三十円の小皿のほか学習机やマッサージ器、最も高い七万円の収納家具などが店内に並んでおり、平均月収数万円の国で中間所得層以上の顧客が買っていく。

 同じようにフィリピンでオークションを開いている「ゼロプラス」(愛知県豊橋市)の荒津(あらつ)寛社長(42)は、輸出してもすぐに売り切れるリサイクル品の価値を「ユーズド・イン・ジャパン」と表現する。「メード・イン…でなくても、日本で使われたことが品質の証しになっている」。同社は遺品整理代行業も手掛けており、依頼者には引き取った遺品の一部を「輸出する」と伝えている。

 一方、アルベルトさんの店に「遺品」の表示はないが、常連客の弁護士ベンハミン・フォルモソさん(74)は承知の上で買っている。「故人の魂が宿っていると言う人もいるけれど、私はまったく気にしない」。これまでにソファやテーブルセットを手に入れ、この日も「何か掘り出し物は入ったか?」と顔を出した。

 過去には旧日本軍が戦争に巻き込んだ歴史を持つフィリピン。輸出を始めて三年になる荒津社長は「それでも、フィリピン人には日本への素朴なあこがれがある」と感じている。多死社会の日本から送られた遺品が再び生かされている様子を思い、「亡くなったおじいちゃんの茶わんでフィリピンの子どもがスープを飲んでいる。十分想像できる」と話した。

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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