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メメント・モリ

第3部「遺品の行方」 (1)公営住宅4号室

入居していた男性が病気で亡くなり、家財道具が残されたままの公営住宅「4号室」=愛知県内で

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 食卓に置かれたままの湯飲みは、内側に茶色い筋を残して干上がっている。食べかけてふたを閉じた総菜のパックには、二〇一六年八月九日の消費期限ラベルが貼られていた。

 名古屋市近郊の町にある公営住宅の「4号室」。あるじを失い、一年以上が過ぎた2DKには、生前の暮らしがそのまま残っていた。晩年は体の自由が利かなかったのだろうか。介護事業所の日程表を冷蔵庫にテープで留め、布団は食卓の真横に敷かれている。

 詰め込んだシャツやトレーナーがあふれ出そうになった洗濯機。和室の壁に立て掛けられた釣りざおとリール。広さ一畳に満たない玄関には、ドアの郵便受けから投げ込まれたチラシや携帯電話の請求書が散乱していた。

 入居していた男性が入院先で病死したのは、一六年十二月三十一日。六十六歳だった。「それ以来、生ごみなどを簡単に片付けたほかは、まったく手を付けられていない」。この住宅を管理する自治体の担当者が、ずり落ちそうなカーテンを見つめながら話した。

 死亡した人の遺品は配偶者や子どもなど相続人のものになり、処分には全員の同意が必要だ。担当者は4号室の男性の戸籍を取り寄せたが、婚姻歴はなく、子どももいなかった。「両親は男性が幼いころに亡くなっていた」。この公営住宅には、相続人不在の入居者が死亡した部屋がもう一つある。そこでも一年以上、遺品が置かれたままになっている。

 多死社会と同時に進む未婚率の上昇や独居高齢者の増加。内閣府によると、六十五歳以上の単身世帯は一五年に約六百二十四万世帯に上り、〇〇年から倍増した。孤独死も増え、相続人がいなかったり、引き取りを拒否されて遺品が置き去られている住宅は全国各地に存在する。

 「遺品の処分ができなければ新規の賃貸に回せない」との訴えに対して国土交通省は昨年一月、相続人がいない場合は財産権を侵害しないように配慮しながら遺品の移動や保管に努める−とする指針をまとめ、全国の自治体に通知した。

 ただ、通知から一年が過ぎても実態は変わらない。都道府県など計六十七自治体を対象にした本紙のアンケートでは、全体の四割が単身入居者の遺品が置かれたままの部屋を今も抱えていた。

 国の指針を「あいまいだ」とする自治体も少なくない。市営住宅の遺品の扱いが一五年十二月市議会で取り上げられた大阪府八尾市の岩本慶則建築部次長(54)は「財産権の問題を解決して遺品を処分するには、公営住宅法などの改正が欠かせない。国は現場に責任を押しつけているようだ」と感じている。

 相続人が見つからない場合は裁判所に申し立て、弁護士などの相続財産管理人を通じて遺品を処分できるが、コストと事務作業がのしかかる。岩本次長は「一部屋につき、少なくとも数十万円の公費と一年以上の時間がかかる」と話す。

 名古屋市近郊の公営住宅。4号室がある建物は老朽化し、現在の入居者がいなくなり次第、取り壊される。それまではこのまま保管できても、最後は遺品を処分しなければ解体に踏み切れない。「いずれ大きな課題になる」。自治体の担当者はそう言って、男性が十三年暮らしていた部屋の中を見回した。

 早くに死別した男性の両親のものだろうか。片隅に、男女二人の古い位牌(いはい)がまつられていた。見守る人も引き取り手もなく、いつかは家財道具と一緒にこの部屋から運ばれていく。

     ◇

 人がこの世を去っても、その人生を彩った品々が消えるわけではない。多死時代を迎え、大量に生み出される遺品はどこへ行くのか、行方を探る。

 (この連載は全五回です)

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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