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メメント・モリ

第2部「消えゆく墓」 (3)散骨

東京湾の沖合約8キロでの散骨。袋はすぐに溶け、遺骨の粉が海に広がった=神奈川県横須賀市沖で

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 この冬一番の寒波が列島を覆っていた先月二十七日。神奈川・横須賀沖約八キロの東京湾で、紙袋に小分けした十人分の遺骨がまかれた。袋はすぐに溶けてなくなり、白い骨粉が煙のように海に広がった。

 クルーザーから遺骨をまいたのは、横須賀市の海洋散骨業者「風」の北田亨代表(70)と妻の京子さん(67)だ。ショパンの「別れの曲」が船上で流れ、遺骨に続いて弔いの花が海に投げられた。家族が同乗しない場合の委託散骨は、一件五万円で請け負っている。

 北田代表は散骨が今ほど知られていなかった一九九八年、経営していたデザイン会社を畳み、五十歳で起業した。当初は顧客のほとんどが「死んだら海に帰してほしい」と言い残した故人の家族だったが、二十年後の今はニーズが変わった。「墓じまいで取り出した遺骨をまいてほしい。そのような依頼が、この五年で急激に増えた」

 東京都練馬区の岩田幸彦(さちひこ)さん(82)と妻恵美子さん(79)は昨年十月、恵美子さんの両親と姉、妹の四人の遺骨を相模湾にまいた。遠く離れた大阪で所帯を持った息子に「将来の負担を掛けたくない」と考え、埼玉県上里町にあった墓を閉じた。

 岩田さんは毎年欠かさず墓参りをしていたが、高齢のため自宅から八十キロ近く離れた菩提(ぼだい)寺に車で出掛けるのが困難になった。昨年一月に恵美子さんが病気で入院した際には、夫婦の今後も話し合った。「墓を守ってくれたお寺さんには申し訳ないけれど」。悩んだ末に墓をしまい、自分たちの骨も「海にまいて」と息子に頼んでいる。

 年間約一万件。三十一業者が加盟する日本海洋散骨協会の村田ますみ顧問(44)は、現在の全国の散骨件数をそう推測する。「墓じまいに伴う散骨は全国的に増えている」。受注件数の八割を占める業者もいる。

 「ただ、課題もある」。東京スカイツリーが見える終活カフェで、村田顧問が切り出した。一九四八(昭和二十三)年六月に施行された墓地埋葬法(墓埋法)は、第四条で「埋葬又(また)は焼骨の埋蔵は、墓地以外の区域に、これを行つてはならない」と規定。遺骨は「埋める」ものであることが前提で、「まく」ことは想定していない。

 散骨が法律の枠外に置かれる一方で、ツイッターには書き込みが連なる。「父の遺骨を散骨した海岸」「死んだらお墓ではなく海に散骨して」…。海だけではなく、過去には上高地(長野県松本市)の河童橋から遺骨をまいた写真がネット上に投稿されるなど、個人による「ゲリラ散骨」が現れている。

 「だからこそ法律上の位置づけが必要だ」。村田顧問も多くの業者も国の対応を望んでいるが、厚生労働省の塚野智久生活衛生調整企画官(42)は「今のところ法令を見直す予定はない」。散骨が刑法の遺骨遺棄罪に触れるかについては、法務省刑事局刑事法制管理官室の担当者が「省としての公式見解はない」と言い切った。

 合法なのか、違法か。線引きがはっきりしない中で膨らむ散骨の需要。月約四十件を請け負っている千葉市の業者には、新規参入希望者からの相談が相次いでいる。「ノウハウを知りたい」と聞かれるたびに社長(46)は考え込む。「葬送のためなのか、お金なのだろうか」

       ◇

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