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メメント・モリ

第2部「消えゆく墓」 (1)墓の墓場

不動院の所有地に安置されている墓石。昨年は8000基近くが業者によって運び込まれた=広島県福山市で

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◆薄れる縁 満ちる谷

 谷間を埋める墓標に雪が降り積もる。白と黒と灰色の光景が、視界の先まで広がっている。

 広島県福山市。瀬戸内海に面した人口約四十七万の町の外れで、数万基の墓石がひっそりと眠っている。不要になって墓地から撤去され、持ち主はもういない。

 「墓石安置所」と呼ばれるこの谷は、市街地から車で約五十分の山中にある。福山市内で天台寺門宗の不動院を営む三島覚道(かくどう)住職(76)が、二〇〇一年に設けた。知り合いの墓石業者から「古い墓石を捨てるのはしのびない」と相談されたことがきっかけ。三島住職は「人のためになるなら」と思い、寺が所有している山を供養の場に充てた。

 最初の一基を受け入れてから今年で十七年になる。二千五百円で引き取る墓石は年ごとに増え、昨年は撤去業者などを通じて八千基近くが運び込まれた。こけむした「故陸軍歩兵…」の墓石には、英霊の名が刻まれている。建立時期が「平成」と刻まれた新しい墓石もある。安置所の面積は、野球場とほぼ同じ約一万平方メートルを上回る。

 公営や民営の墓地から消えてゆく墓。厚生労働省の衛生行政報告例によると、墓の撤去や移転を伴う一六年度の「改葬(かいそう)」は、全国で九万七千三百十七件に上った。跡継ぎがいない、都市部に転居して故郷との縁が薄れた…。事情はさまざまだが、少子化などを背景に、二十年前の一・四倍に増えている。

 先月下旬、愛知県扶桑町の共同墓地に重機の音が響いていた。解体と撤去を引き受けた高木石材店(同県犬山市)の鈴木一成代表(45)が、一九七七(昭和五十二)年に建てられた墓を取り壊していた。

 依頼主は中年とみられる女性だった。遠方に嫁ぎ、実家の墓に入るつもりはない。将来的に維持が難しく、「墓じまい」を決めたという。電話でのやりとりで、会ってはいない。墓には大正時代からの六人の名が刻まれていた。

 鈴木代表は一人で作業に当たった。まず、手元のリモコンでクレーンを操り、先端に取り付けた金属製の爪で「先祖代々之墓」と刻まれた墓石をつかんだ。高さ二メートルほどまで引き上げると、周囲の墓石をよけながらトラックの荷台に載せ、その後、遺骨を納めてあった台座部分の石を一つずつ取り外した。

 作業前には僧侶が読経して遺骨を取り出し、家族に返す「精(しょう)抜き」が営まれた。それでも細かい骨は残っており、鈴木代表は両手ですくって袋に納めた。その遺骨も後日、家族の元に届ける。約一時間かけて墓石を撤去した跡には、盛り土だけが残っていた。

 義父から石材店を継いで十二年になる鈴木代表が墓じまいの依頼を受けるようになったのは、数年前からだ。相談は月に数件、実際の作業は一件程度。重機を操作しながら「墓を守る人が減っている以上、やむをえない」と思いつつ、「墓じまいとはつまり、家族のつながりが薄れてゆくことだ」とも感じている。

 撤去した墓石は家族の意向を聞き、専門業者に処理を委ねている。数万基を安置している福山市の不動院のように、僧侶が供養している墓石もある。

 ただ、引き取り手も行き場もない墓石は廃棄物として扱われる。形を変え、寺院とは別の場所で眠っている。

     ◇

 過疎や少子化などで守(も)り人を失う墓が増えている。遠くにいる父や母、子どもを思い、家族の墓の将来に不安を抱く人もいる。多死社会が進む一方で、墓が無縁化している現場を追う。

  (この連載は全六回です)

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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