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メメント・モリ

第1部「亡骸を追う」総集編

◆道しるべない終着点

 年間死者数、百三十万七千人。進行する多死社会と向かい合い、先月下旬に掲載した連載「メメント・モリ」の第1部「亡骸(なきがら)を追う」(全五回)は、遺族が火葬場で拾骨した後の「残骨灰(ざんこつばい)」がどのように処理されているのか、現状を取り上げた。国に統一的な基準がなく、適正なコストや処理のあり方に悩む自治体の現状も、本紙の全国アンケートで浮かんだ。死は誰にでも訪れる。亡骸の終着点はどうあるべきなのか、識者は国ぐるみの議論を求めている。

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 残骨灰をどう処理するかの判断は各自治体に委ねられている。本紙が全国の政令指定都市や県庁所在地など計八十一自治体および一部事務組合に実施したアンケートでは、残骨灰を業者に売却するなどし、自治体の収入に充てているとの回答が全体の約二割の十八自治体に上った。

 収入に充てていると答えた自治体は東京都、名古屋市、浜松市など。さらに、大阪市、神奈川県横須賀市、静岡市など十四自治体が将来的に有価物の売却を検討するなどと回答した。残骨灰を「市町村の所有」とした一九三九(昭和十四)年の大審院(現在の最高裁)判決などを基に、売却に踏み切る自治体は今後も増えると予想される。

 残骨灰には歯の治療で使った合金などの有価物が含まれている。売却せず、指名競争入札や随意契約で業者に処理を委託している自治体では、業者によるゼロ円や一円での超低額契約が相次いでいる。連載では、低額で処理を請け負った後に残骨灰から取り出した有価物を売り、自社の利益にしている業者の存在も取り上げた。

 厚生労働省生活衛生課の担当者は、ゼロ円や一円での処理委託が横行している現状を「認識している」としつつ、適正なコストや処理方法については「自治体の判断」とのスタンスを崩さない。一方で、一円入札が続く自治体には契約の透明性や公平性を確保したい思いがあり、その手段の一つとして売却を検討材料に挙げている。

 指名競争入札による委託処理を続けてきた横浜市は二〇一七年度から、残骨灰を業者に売り払う発注方法に切り替えた。一六年度に有価物の売却を禁じて低額入札に歯止めをかけようとしたものの、複数の業者が極端に安い価格で応札する想定外の事態になったためだ。

 売却の初年度だった一七年度の収入は七千八百万円。市はこの売却益を斎場のトイレの洋式化や休憩室の備品の更新に充てる計画だ。「一般財源に組み入れず、収入を斎場の利用者に還元することで市民の理解を得たい」と説明する。

 ただ、人の体の一部である残骨灰の売却には「遺族感情に反する」との批判が根強くある。業者に処理を委託してきた岡山県倉敷市は、直近に行った一四年度の入札結果が一円だった。このため、担当者間で売却などの検討を始めたが、「課題は倫理面への配慮。市民の理解をどのように得るか」と悩みを打ち明ける。

 アンケートでは、残骨灰を売却している群馬県高崎市の担当者が「処理委託、売却のどちらにせよ、さまざまな問題を抱えている。処理に関する業者の許認可や処理単価の設定など、国からの明確な助言を求めたい」との声を寄せるなど、複数の自治体が国による法律や制度の整備を求めた。

 <アンケートの方法> 昨年11月17〜30日、公営斎場を持つ政令指定都市、県庁所在地、中核市の79市と東京都、都の臨海部広域斎場組合を対象に実施。残骨灰の処理方法や有価物の取り扱いなどを書面で尋ね、回答率は100%だった。

◆処理 多くの工程

 残骨灰がどのように処理されているのかは連載の大きなテーマだったが、取材で明らかになった工程を特集で再度紹介する。

 残骨灰は公有地に埋めている一部の自治体を除き、大半の自治体が業者に処理を任せている。

 残骨灰には火葬後、遺族が拾い切れなかった残骨のほか、生前に歯の治療で使われた合金、指輪、ひつぎの灰やくぎなどが交じっている。遺族による拾骨の慣習は大きく分けて、関東が全量拾骨、関西が部分拾骨など地域によって異なるが、仮に遺族が骨をすべて持ち帰ったとしても、合金などの有価物を含んだ灰は残る。

 自治体から処理を委託された業者はまず、この灰を手作業で分別する。一目で分かる大きさの残骨や人工関節をより分け、くぎなどの金属類は磁石などを使って灰から取り出す。

 合金などの有価物は、1000度近い火葬炉内でいったん溶け、黒い小石のような塊になって細かな残骨などと交じっている。このため、業者は灰を水槽に入れてふるいにかけたり、風力で飛ばすなどの作業で有価物を選別する。

 分別後、残骨の一部は粉状に砕いたうえ、業者が契約する寺院や地元の霊園に送られ、供養される。一方、有価物は貴金属メーカーなどに送られて精錬処理され、金(きん)の延べ棒などに加工したうえで売られる。

 貴金属メーカーなどに送られず、処理業者の元に残った灰は、鉱山会社に搬送される。この灰にも肉眼では分からない微小な有価物が含まれている。鉱山会社は灰を製錬炉で元素レベルに分解し、抽出した金属類を工業用などとして市場に出す。それ以外の残滓(ざんし)は「スラグ」と呼ばれる土くれになり、鉱山の跡地などで保管されている。

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◆法的ルール化望まれる

愛知学院大法務支援センター教授 原田保さん(66)

原田保さん

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 残骨灰は一九一〇(明治四十三)年の大審院の判決で「遺骨」ではないとの判断が示されている。遺骨とは弔うべき骨という意味。つまり、残骨灰は葬送の対象から外れるというのが百年以上にわたる国の考え方だ。

 しかし、現在の日本社会には、もともと人体の一部であったものは「一般的な財物や廃棄物とは違った対応が必要なのではないか」という感覚が厳然と存在する。また、故人ゆかりの品や金歯、人工関節などに対しても、遺骨や遺体に近い感情を持つ人もいる。

 明治の大審院の判決は、残骨灰は遺骨ではないとしつつ、これを遺棄することは道義上避けるべきだと述べている。残骨灰とは直接関係ないが、死体解剖保存法も解剖する者は死体に対して「礼意を失わないように」と言っている。

 残骨灰は墓地の管理や埋葬について定めた墓地埋葬法(墓埋法)や廃棄物処理法で処理方法を決められていない。いわば法の枠外の存在だが、人の体に由来するものでありながら葬送対象外であるものを指す概念として「準葬送対象物」や「葬送対象近似物」といった考え方が必要なのではないか。

 そうした新しい概念を基に、例えば墓埋法においては遺骨や遺体でないものについても「弔い」という意味で、何らかの措置を講じる規定を追加する。また、もし処分するのであれば、廃棄物処理法の中で他の廃棄物とは違った処置をさせる決まりを設ける。人の体に由来するものだからこそ、特別な対応を明記することが求められる。

 自治体単独での対応にも限界がある。関係者を悩ませないためにも、国による法的なルール化が望ましい。

 <はらだ・たもつ> 1951年、北九州市生まれ。早稲田大大学院で博士号(法学)取得。専門は刑事法、宗教法。刑法から見た宗教関連の判例研究のほか、散骨など新しい葬送方法の論文が多数ある。

◆死後へ関与 時代の要請

生命倫理政策研究会共同代表 ●島次郎さん(57)

●島次郎さん

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 火葬率が99・9%に上る日本で、残骨灰の法的な位置付けもないというのは、行政が国民の死後のニーズに応えられていないということだ。死が隣り合わせだった戦争が終わり、戦後日本は「死を忘れて生きられる平和で豊かな社会」を目指した。それはある程度達成されたが、多死社会の到来で「人は必ず死ぬ」という当たり前の現実に頭を悩ませている。

 遺骨の処理や葬儀の形など、死後についての国民の関心は高まっており、国や行政が一定の責任を持つべき時代が来ている。

 火葬が普及しつつあるフランスでは二〇〇八年、「人体の尊重は死によっても終わらない。遺灰を含め、亡くなった人の遺骸は敬意と尊厳と礼を持って扱われなければならない」という項目を民法に追加した。遺骨を抱える遺族のためには、関連法を改正して自治体が墓地に収納場所を用意することにした。文字どおり「ゆりかごから墓場まで」の福祉を整えようとしている。

 一方、日本は「ゆりかごから死の床まで」にとどまっている。

 政府は現在、高齢者が病院や施設でなく、住み慣れた場所で医療や介護を受ける「地域包括ケア」を進めている。ここに死後の問題も含めてはどうか。医療や介護の方針を本人と家族、関係者が話し合って決める中で、葬式や墓、遺骨の扱いなどにも範囲を広げてほしい。

 人が死んだ後のことにまで行政が関与するのには異論もあるかもしれない。だが、日本は戦後、医療と介護を順々に公的保険の対象とし、社会で支え合う仕組みをつくってきた。その流れからすれば、死後への関与は自然な流れだ。

 <ぬでしま・じろう> 1960年、横浜市生まれ。東京大大学院社会学研究科博士課程修了。専門は生命倫理、葬送文化論。近著に「これからの死に方 葬送はどこまで自由か」(平凡社新書)。

※●は木ヘンに勝の旧字体

取材・青柳知敏、小笠原寛明、土門哲雄、杉藤貴浩、田嶋豊、佐藤浩太郎 CGデザイン・井上彰吾 紙面構成・上田真也

 

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