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メメント・モリ

第1部「亡骸を追う」 (1)もう一つの遺骨

◆知られざる逝き先

バーナーがつながった火葬炉の裏側。炉の番号の下に、内部を目視できる小窓がある=名古屋市天白区の八事斎場で

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 オレンジ色の激しい炎が炉内を焼き尽くす。マッチ箱ほどの小さな窓の向こう側で、亡骸(なきがら)が白い遺骨に姿を変えていく。

 全国最多、四十六基の火葬炉を備える名古屋市立八事斎場(同市天白区)。小窓は、ひつぎが搬入された火葬炉の裏側にある。顔を近づけてのぞくと、視界が炎に包まれた。バーナーから噴き出す炎に、人の腰や足の骨が巻かれていた。

 職員が他の炉の裏を回り、ふたを開けた小窓から金属の棒を炉内に入れて動かしている。九〇〇度まで熱した炉が放つ光をさえぎるサングラス姿。炉内で遺体が傾くと金属の棒で元に戻し、火が均等に回るように位置を調整する。

 火葬はおよそ七十分で終わる。遺骨は台車ごと炉から出され、遺族が拾う。「でも、すべてが骨つぼに収まるわけではない」。斎場の中野勝宏(まさひろ)所長(60)は、そう語る。

 残骨灰。遺族が拾いきれなかった骨や歯、ひつぎや副葬品の灰などを指す。火葬率が99・9%に上るこの国で、誰もが迎える最後の姿だ。高齢化の果て、昨年の日本の年間死者数は百三十万七千人を超え、六十七万人だった半世紀前の一九六六(昭和四十一)年の約二倍となる「多死社会」を迎えた。国の推計では、ピークの二〇三九年に百六十六万六千人に達する。

 拾骨が終わり、遺族が去った火葬炉の前から轟音(ごうおん)が聞こえた。台車を囲む清掃職員が、腕の太さほどのホースで残骨灰を吸い上げている。ホースは斎場内の壁へとつながり、残骨灰は内部の長い配管を巡った後、屋内の一角に集められる。

 集積場と呼ばれるその部屋は十畳に満たない広さ。十二個のドラム缶が並んでいる。「今はまだ、それほどたまっていない状態です」。中野所長が説明するが、それでもドラム缶の一つは満杯になり、残骨灰の小高い山になりつつある。

 ドラム缶に近づいてみる。灰色がかった白い大小の破片、その隙間を埋めるざらついた粉…。一目で骨と分かるものもある。無機質に見えても、それぞれが人間の一部、あるいは人生を刻んだ品だったものだ。「死は誰も避けられない現実だが、顧みられることのない現場です」。中野所長がつぶやいた。

 全国の大半の自治体は、こうした残骨灰の処理を業者に任せている。名古屋市の場合、半年ごとに契約した業者によって、この集積場から月に一度回収されていく。業者は処理工場などで残骨灰から主だった骨を選別し、各地の寺院や霊園などに収める。

 だが、そうして供養され、永い眠りにつくのは、残骨灰のうちの一部にすぎない。なお残される「もう一つの遺骨」。その行方を、多くの自治体も、社会も知らずにいる。

 業者の依頼で残骨灰から出た骨を受け入れている京都市左京区の大雲寺。千年余の歴史を誇る古刹(こさつ)で、酒井聡有(そうゆう)住職(63)が供養塔を見上げながら明かした。「火葬で溶けた金歯や銀の詰め物、残された指輪。残骨灰に混ざった有価物は、細かな骨とともに、また別の流れに乗るのです」

     ◇ 

 戦後の復興と繁栄を支えた世代が老境に入り、かつてない多死社会が進行する。豊かさを追い求める中で遠ざけてきた「死」と向き合ったとき、何が見えるのか。それは、今をどう生きるのかを考えることにつながる。連載「メメント・モリ」の第一部では残骨灰処理の現場に迫る。

 (第一部「亡骸を追う」は全五回です)

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

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